9.あ。

 有象無象だけでは〈気〉は形にならない。核になる特に強いものがあったわけで。

「なんかやばかったのか?」

 シモンが殺した鹿があれとも限らないけれど。うう、と額に手をあてる私の耳に貴和子の叫びが届く。

「十和子! 早く!」


 雷獣と恙だけでは動きを止められず、境内を逃げ惑う魑魅は結界の壁にぶちあたっては方向を変え、また結界にぶちあたるを繰り返している。

「わが馬具わが武具、そは強靭にしてもれなく衆生を掬い上げ給う羂索けんさくたれ!」

 五色の縄がしなって魑魅を縛り上げる。その間に私はシモンに怒鳴った。

「鏡を探して」


「あそこにあるぞ」

 鏡台が跳ね飛ばされて、かかっていた神鏡がどこに飛んでいったのかわからなくて頼んだのに、シモンは簡単に本殿の後ろの大木の上を指差した。

「取ってきて!」

 慎也さんと克也は結界の維持で手一杯なはずだ。便利なヤツは使ってやらねば。


「十和子っ」

 魑魅の抵抗が激しくて羂索がちぎれて消える。貴和子が放った光の矢が三本、魑魅の脚を地面に縫い留める。

「ナイス、貴和子」

 私は近くに転がっていた鏡台を拾い上げた。和鏡台やドレッサーではなく、鏡をかける骨組みだけのそれは四股の脚といい鏡を固定する部分の突起といい、武器にするには良さそうだ。


 支柱の真ん中へんを両手で握って振り上げ、思い切り霊力を込めながら魑魅の頭を殴りつける。ふおっと空気が揺れた。

 私は反射的に後退する。魑魅がかくっと顎を下げる。裂けよとばかりに割れた口の中から轟っとなだれをうって白黒のものが吐き出された。

「え……」


「これって、ごみ?」

 あ。

 貴和子のつぶやきを聞いてぴんときた私は、ぎくしゃくと口をぱくぱくするしかない。

 私のせいだったー。


「どういうこと?」

 挙動不審な私を貴和子が睨む。

「えーと……祓祝詞の最中に、考えてたんだよねー。ポイ捨てする奴許せんって」

「あんたはっ。なんでそんな雑念を!」

 雑念言われたー。


 ごみのなだれは止まらず小山ができあがってしまってる。えい、もう! めんどくさい!

「おいで! 炎龍」

 四の五の言わずに燃やしてしまえ!

 ごみの山はこれで消えたものの魑魅本体へのダメージは微少だ。力技じゃやっぱり駄目か。


 やばいことに境内を囲む結界も限界だった。一角が崩れると、すうっと壁の気配がなくなった。結界の内部で濃くなっていた私と貴和子の霊力の〈場〉が解放されてしまったために雷獣と恙も実体を保てず消えてしまう。


「逃がすな!」

「わかってるっ」

 跳躍した魑魅に貴和子が光の矢を三本射る。

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