8.予想外

 茅の輪くぐりには各神社ごとの作法があって、左足からだったり右足だったり、8の字を書くように何周もしたり、歌を唱えながらだったり。


 我が神明社では単純に、「祓いたまえ清めたまえ」と念じながら鳥居の方向から本殿へと向かって一方通行でくぐるようにしてもらっている。

 お作法なんて気にしなくてもそれこそ気持ちだしっていうのももちろんだけど、もっと重要なのは〈気〉の通り道を作りたいからだ。


 わざわざここまで足を運んできてもらって、鳥居をくぐり、さらに茅の輪をくぐる。そうやって人の流れができると、この山全体の〈気〉も流れに乗って茅の輪へと集まるようになる。プールの中を歩いてぐるぐる回ると、水の流れが渦になる、あれと同じだ。


 茅の輪をくぐった人々が落とした穢れと一緒に集まった山の穢れは、茅の輪で区切られた異界に溜まっている。それを引っ張り出すのが貴和子の鏑矢だ。


 高く笛のような音の尾を引きながら、鏑矢は茅の輪の中心へと吸い込まれていく。茅の輪を縁とする円へと至った瞬間、矢は笛の音と同時に消えた。ここではない異界へと向かったのだ。


 タイムラグは数秒。ヒョーンと高い音と共に、茅の輪から本殿の方へと向かって黒いものが飛び出した。矢を突き立てられた黒い塊が鏡台にぶちあたる。勢いで神鏡が空へと跳ね飛ばされる。


「おいで、雷獣!」

「来なさい! つつが!」

 私と貴和子の傍らからそれぞれ、狼っぽいのに手足は虎みたいな雷獣と獅子っぽい外見の恙が姿を現し黒い塊へと襲いかかった。


「なんなの!? あれ!」

 貴和子がものすいごい勢いで私を責める。

「私に聞くな!」

 予想外のことに私だって驚いてるのに説明なんてできるわけない。そう、予想外にでかすぎたのだ。穢れの塊が。


 これまでは、貴和子の鏑矢を射かけられた穢れは、そのまま神鏡に吸い寄せられて浄化され、それでおしまいだったのに。


「あれはもう、魑魅ちみだわ」

 貴和子の言う通りだった。山の悪い気が凝り固まって生まれる怪物が魑魅。あの黒い塊はそのレベル。


 鏑矢を中心に突き立て、雷獣と恙に追いすがられて逃げ回る影は、ある動物のような形を取りつつある。すらりと長い四肢に長めの首、小さな頭部には角……。


 いつものように私の指示がない限りは我関せずで傍観しているシモンを思わず振り返る。

「なんだよ?」

「あんた最近、鹿を殺した?」

「最近かどうかは覚えてないけど」

 おまえかよ。

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