5.夜に

「あの女とおまえ、名前が似てるな」

「師匠の名前から一字もらったから。同じ師匠に術を習ったんだ」

「慎也と、あの克也って男もか」

「まあね。同じようなもん」

「親からもらった名前じゃないってことだな」

 シモンの声は静かで機嫌が悪そうではなかったけれど、刻々と夜が増してくる中で表情はよく見えなくなった。

「だからオレに簡単に名前をよこしたんだな」


 それは単に使役したかったからなのだけど。ゲンキンな私の心の声をよそにシモンは少ししんみりしてるみたいだ。茅の輪の支柱の竹に手をかけて輪の上部を見上げている。両サイドに竹の支柱を立てて輪を固定するのが我が神明社風だ。


「ところで、なんだこれ?」

「この輪をくぐってお祓いをするんだよ」

「身を清めるってことだよな」

「くぐってごらんよ」

「オレが?」

 シモンは鼻で笑ったけれど。

「怖いの? 浄化されちゃったりしないから、くぐってごらん」

 挑発してやると、ぐっとサンダル履きの足で茅の輪の下部をまたいで頭を屈めた。素直なヤツ。


 輪をくぐって私の前に立ったシモンはぽつんと言った。

「なんともないな」

「あたりまえ。信じてないんだから」

「なるほど」

 未知のものを恐れる純然たる恐怖と信仰心からくる畏怖とは種類が違う。


「明日は祭か。オレには関係ないけど」

「関係あるよ」

 膝小僧に手をあてて立ち上がり私は正面からシモンを見た。

「大祓の本番は夜だから。あんたにも手伝ってもらう」





 翌日の午後、表向きの儀礼である大祓詞の前には神楽舞の奉納もした。

 神楽は私と貴和子の役目、サービス演目なわけだから見た目が肝心だと承知してはいるけれど正装しなくちゃならないのが気が重い。

「綺麗ですよ、十和子さん」

 それでも慎也さんにお化粧してもらって誉められれば気分が上がる。私って単純なヤツなのだ。更に二割増しツンと澄ました貴和子に睨まれ、口元を引き締めた。


 どうにかこうにか舞の奉納を終え、私はさっさとかもじや冠をとっぱらって化粧を落とした。私は化粧が大嫌い。ツラの皮をもう一枚貼り付けてる気分になる。


 慎也さんと交代で売店に出ないと。この時期にしか準備しないミニ茅の輪のお守りを目当てに来てくれる人もいるのだ。


 慎也さんがあげる祝詞を拝聴しながら店番をしていると、筒井さんちのおばさんが婦人会で販売しているラムネを差し入れに持ってきてくれた。

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