5.神明社

 真正面に黒っぽいパーカー姿の男。フードを頭にすっぽり被っている。俯き加減で周りも薄暗くて顔つきはわからないけど男なのは間違いなさそう。


 確認できたのはそれだけ。私が振り返るや否やそいつは傍らの家と家の隙間に飛び込んだ。え、と私は驚く。


 駆け寄って見れば、二軒の住宅の間には境界のブロックだけでフェンスがなく、人が通り抜けられる幅くらいはあった。突き当りはトタンの波板の作業場みたいな建物が塞いでいて男は右か左へ抜けたのだろうか、姿がもう見えない。

 それにしたって動きが素早くて静かだった。


 ふうっと息をついて私はなんとなく上を見る。家と家の隙間の紺碧の夜空を見上げながらこれからの段取りを考えた。





 数字の正誤は定かではないが、日本には七万社もの無人神社があるという。ひとりの神職者が複数の神社の宮司を兼任しているわけである。

 住宅街にある小さな神社はむしろ無人なのがあたりまえ、そこが清浄に保たれているのならば地域住民の方々が維持管理してくれているということ。


 大学のキャンパスがでんと広がる中腹から山の裾野の途中に位置する神明社も、そんな地域住民によって支えられた無人の社のひとつだった。

 数年前の冬、そこへ「組織から派遣されて参りました」と一人の青年がやって来た。彼は社務所を補修し、居住空間を整え境内に住み着いた。


 境内の清掃や設備の補修には気を配っていた住民たちも、本職の神主さんがいるといないとではこんなに変わるのかと目を瞠った。

 寂れた社が、目には見えずとも、どんどん威光を取り戻していくのを肌で感じ取ったからだろう。彼が口にしていた「組織」というのも神社本庁かそれに類する何かなのだろうと納得した。


 この辺りの警戒心のなさが田舎でもあり適度に現代化している土地ならではだと私なんかは思ってしまう。来歴ではなく、今その人が何をしているかで人を判断してくれる。みなさん人がよろしくていらっしゃるのだ。


「これからは何かあればわたしにおっしゃってくださいね」

 人好きのする笑顔に魅了され、住民たちは素直に近隣の神社を頼るのをやめた。氏神の社にこんなにステキな神主さんが現われたのだから。


 そして迎えたその年の春、神明社に更に住人が増えた。この上の大学に通うために親戚の家に居候する、というタテマエでやって来た女子大生。そう、それが私だ。

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