4.猫が多い町
「わ、潮の香りが濃い」
「魚臭くて埃っぽくて空気悪いですよね」
「え、そんなことないよ?」
「ほんと、何もないところで」
自嘲気味にあんずは言うけど、小さな駅舎の目の前の通りは確かに鄙びた雰囲気だけど、軒を連ねた昔ながらの商店はまだ営業しているようだし、赤ちょうちんにも光が灯って私たちと同じ電車に乗っていたサラリーマンのグループが店内に入っていった。
賑わってるわけじゃあないけど、趣がある街並みなんじゃと私は思った。通り沿いの年季の入った防犯灯に「駅前商店街」という札と花飾りがぶらさがっているのもなんだか懐かしい光景だ。
「ここから十分くらい歩きます」
「オーケー」
頷きながら私は周囲を見回す。駅前はとても狭く、タクシー乗り場と車数台分の駐車スペースがあるだけで、目の前がもう幹線道路だ。電車が到着した後の人の流れは既に途絶え、辺りには人影がない。
ストーカーがあんずを待ちかまえているのなら、いったいどこに潜んでいるのだろう。身を隠せるような場所は限られている様子だが。
私は警戒しながらあんずの案内で道路を渡り、まずは商店街の歩道に沿って歩き始めた。
メイン通りを逸れ、脇道に入るとそこは古い木造家屋と新しいデザインの小奇麗なお家とか混在する住宅街だった。
軽トラックがかろうじて通れるくらいの幅の舗装道路の両脇には、ときおりお惣菜屋さんや酒屋さんや八百屋さんが見て取れる。雑多にコンパクトにまとまった町という感じ。
そして魚屋さんの軒先はもちろん、お米屋さんの店先や平屋作りのお宅の納屋の前なんかで、夕涼みをするように猫がくつろいでいる姿がよく目に入る。
「なんか、猫が多いね。港町だから?」
「よく言われます。わたしはずーっとここに住んでるので他所との違いがわからないですけど」
暮れなずむ町並みに溶け込んでいる猫たちだが、街路の人工的な光を反射して煌めく瞳には、逢魔が時に徘徊しだすナニモノかが見えているのだろうなと思わせる。
「トワさん……」
「うん」
脇道に入ったときからピリピリ感じていた。ひたひたと背後から足音。
「うち、あそこです」
あんずが目線で示したのは軒先に黄色の雨よけテントを取り付けたお店だった。
「合図したら走って中に入ってて」
「どうするんですか?」
「私のことは心配ないから」
小声でやりとりし、充分に引きつけてから私はぽんとあんずの背中を叩いた。即座にくるっと体ごと振り返る。
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