10.クロアゲハ
「目撃されないように人払いしようと馬の頭で脅かしてたのか? バッカじゃねーの」
あんた思い切りビビってたくせに。私は苦笑いしながらデイバッグから封筒を取り出す。
「お化けじゃなかったなら、これはいらなかったね」
「いるよ! もらうよ。これはこれで守ってくれそうだもん」
マモルがかっさらうように奪った封筒の中身は魔除けのお札だ。
「神社の人にありがとうございますって言っておいてくれよな」
「はいはい」
それ書いたの、私なんだけどね。
その夜、食卓で夕刊に目を通しながら改めて三人で話した。
その日のシモンの食事は牛の血液パックで、慎也さんが工面して畜産農家さんから仕入れている血液は養豚場と養鶏場のものが多く、牛は珍しいからシモンは喜んでいた。なんでも獲物の体が大きい方が血が美味なのだそうな。
ちゅーちゅーとパウチの吸い口をむさぼっているシモンの隣で、慎也さんはそっと瞳を陰らせた。
「あまりに短絡的じゃないですか。馬頭観音がそばにあるから、馬の頭で脅かすだなんて」
「ですね」
カレイの煮付けをいただきながら、私は思い出していた。昨日の昼間に石碑を見に行ったとき、クロアゲハが飛んでいったからあの家屋を見つけたのだ。
私がそう口にすると、シモンが鼻で笑った。
「蝶は霊魂の象徴だ。日本では違うのか?」
「日本でもそうですよ。輪廻転生の象徴として仏具には蝶の装飾が多いです」
私は思った。慎也さんもシモンも、同じことを考えたと思う。
農耕のパートナーとして自分たちを可愛がってくれていた人々が眠るあの場所で、不埒なことをされたくないと心を痛めた馬たちが告発してくれたのだろうか。
連中が、あそこまで無様に馬脚を現したのは馬頭観音からのお仕置きだったのかもしれない。
馬は優しい動物だっていうし、馬頭観音は煩悩を食べてくれるっていうし。あの連中のしょーもない行いの元となっていた悪いボンノーも消えていればいいのだけど、どうかなあ。
畜生の命にも仏性があり、人間と心を通わせてくれる。そう思うと、
「馬の耳に念仏って失礼だよね。馬の耳にも念仏って言わないと」
だって、馬以下の人間の方が実は多いかもしれない。なんて、世の中を悲観しすぎかな。
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