第2話ご馳走さまです

「ご馳走さまです」


最初に食べ終わったのは、巨人さんの方だった。何故巨人さんと愛が心の中でよんでいるのかと言うと、答えは簡単。

名前を知らないからに他ならない。


「お粗末様です?」

「何で疑問系何だよ?」


お茶を啜りながら巨人は偉そうに聞いてくる。このお茶だって愛が入れた物だ。自分じゃ動かない。


「いえ、食材は巨人さんの物ですので…」

「何だよ、その巨人さんってのは?……もしかしなくとも俺の事か?」


初めは怪訝な顔をしていた巨人(仮)は、この時初めて自分が名前を言っていない事に気がついた。


「…あーわりい。…名乗って無かったのか?……俺は翡翠。この店のオーナーだ」

「…こ…」

「何だよ?……何か今言おうとしただろ?……気持ち悪いから溜めずに言えばいいだろ?」


勿論、気持ちが悪いのは、愛ではなく、自分のもやもやした感情だ。


「いえ、やはりおみせだったのかと思いまして……」

「まあ、解り辛いよなあ?」

「何を売っている、もしくは作っているお店なんですか?」

「ここは、あー分かりやすく言えばジュエリーショップ?見たいな物だ」

「そうなんですね」


途中の翡翠の言い回しが気にならなかったかと言えば嘘になるが、愛にはどうでも良いことなので、スルーする事にした。

壮絶な生き方をしてきた愛にとって、些細な事と割り切れる事はかなり多い。


「で?…愛は何でここに来たんだよ?」

「お腹が空いたので…」

「何でお腹が空いたのに、来たのがここなんだよ?」


翡翠は半場呆れながらも質問を繰り返す。

それもその筈、この店はとても特殊で、来ようと思っても辿り着ける場所ではないからだ。

勿論愛はその事を知る筈もないのだが、事情を知っている翡翠にとっては驚きでしか無かった。


「ずっと食べてなくて、何でも良いから食べたいと町をさ迷っていたら、迷い込んだ路地裏で黒猫さんと出会いまして、道を聞ける相手も誰もいなかったので、黒猫さんに問い掛けました」


何故、道に迷って黒猫に問いかけるのか?

そもそも、そこまで食べられない日常を送っている女子高生がこの日本で何人いるのだろうか?


「黒猫に問い掛け、それからどうしたんだ?」

「私の言葉を理解している様なので、食べ物を恵んでくれる場所まで連れてってと頼んで辿り着いたのが、ここです」


何処までも落ち着いている少女。

若さゆえの落ち着きのなさとは無縁な少女。制服を着ていなければ、20代後半に見えてしまう位、年不相応。

顔が老けている訳じゃ消してない。

落ち着き払った雰囲気が少女をそう見せていた。


「リリスだ」

「はい?」

「黒猫の名前はリリス。…この店の店員だ。…愛は運が良い。リリスに好かれる人間は稀少価値。一握りもいない。」

「そうですか、初めて運が良いと人から言われました。リリスさんに感謝ですね」


この店に来て初めて表情が変わった。

それも穏やかな笑顔。

これはもう、認めるしか無さそうだ。


「愛、この店に住み込みでバイトするか?住む場所とお前が作るなら賄いを付けるぞ?……まあ、少々曰く付きだから、無理にとは言わないが」

「やります!!!…大丈夫です。死ぬのは恐くないので」

「いや、命は取らないが、そこは恐がれよ…」


実は、この店で働くにはリリスのお眼鏡に叶う人物でなければならない。

働きたくとも、この店にすら辿り着けないのだ。現実と異世界との狭間にこの店はある。

リリスは普通の猫のようで、実は何百年と生きている、猫又と呼ばれる妖怪。


この店は、心が死を心から望む程絶望を感じた者だけが辿り着ける。

心から望んだ者にしか、その扉は開かない。

何を犠牲にしてでも叶えたい望みがある者が、同等の対価を支払い叶えてもらう。


翡翠は、それを家業にしている家の、現代の当主だった。

詳しくは、後程述べる事とするが、異常。

普通とは異なる常識がここでは成り立つ。

だから、ある意味普通の人は雇えない。

だから、ずっと翡翠一人でこの店を回していた。まあ、そんなに客数が多い訳では無いから何とかなっただけの事だ。


「で?…何時から働く?」

「今日からお願いします」

「愛…お前、保護者は?」

「いません。今日例えいなくなったとしても、私を探す家族もおりません」

「……そうか」



翡翠はそれだけ答えると、それ以上の質問を止めた。

◇◇◇


これが、愛と翡翠のこれから永く続く付き合いの始まりだった。

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