宝石屋・翡翠
藤八朗
第1話迷い込んだ子猫は、ライオンに出逢う
学校に通える事すら奇跡。
そんな事実を知っている人間が、どれ程いるだろうか?
「……お腹すいたな……」
呟いた言葉に、乙女のときめきやら、青春の青さ何て、甘酸っぱい物なんて欠片もなく、ただ虚しさが身体に巻き付くだけ。
17歳の女子高生、愛は名前だけ。実際にはお飾りに名字は有るけど、氏として受け継がれた物なんて何一つ無かった。
でも、そんな物は関係なく、ただ今はお腹を満たしてくれる物が一番欲しい。
世の中にグレる若者がいるが、愛から言わせてみればまだ生き方が緩い。
本当にどん底を経験するとグレよう何て思う余裕すら無くなるのだ。
有るのは……ただひたすら生きるのに必死なだけだ。
誰でもいい、食べる物が欲しい。
心から満足行くほど、お腹を満たしたい。
何故、愛がここまで落ちてしまったかと言うと、勿論愛が悪い…何て事はなく。
捨てられたのだ、親に。
在り来たり……と言って良いのだろうか?
そんな世の中で良いのだろうか?
少なくとも、小学生迄は何とか養って貰ったが、その後蒸発。
親が煙となって消えてしまった。
何て……別段楽しくもない昔話を思い出してしまうのは、きっと今が自己絶望的飢饉真最中だからだろうか?
愛は、助けを求め安くて、その実誰も助けてはくれない人間ジャンル、駅前の交差点から、いつの間にか路地裏に迷い混んでしまったらしい。
らしいと言うのは、ふらふらとさ迷い過ぎて自分が何処にいるのか迷子状態だからである。
「ここはどこ?……私は誰?……何てね。ふふ…いや、洒落になってないか」
見渡して、この場所にいる生き物は、私と黒猫一匹である。
「黒猫さん、何処かご飯を食べさせてくれる場所知らない?」
藁にもすがるとはこの事か?
猫ならすがるのは胴体か、腕、それとも足か?何処でもいい。すがれるのなら、何にでも。飢餓で死ぬのだけは………どうしても嫌なのだ。
何でもいい。この際どんなことだってするから、お腹いっぱいになって死ねたら、少しは良い人生だったと思えるかも知れない。
愛がそんな事を考えていると、まるで黒猫は「ついてこい」と言わんばかりの表情で此方を見た後、歩きだした。
はじめはまだ道っぽい場所を歩いていたが、その内に歩く場所は塀の上。
石の階段を登って、フェンスの上。
…最後は何だと構えていたら、その終点は一軒の小さな雑貨屋さんの様な建物だった。
よくついていけた物だが、それだけ、食べ物への執着が強いことに他なら無かった。
ステンドグラスの窓にブルーの木製のドア。
建物自体は寂れた煉瓦調。
昔気紛れに親が読んでくれた、絵本の中の妖精の住む家は確かこんな感じだったと思う。
黒猫は、ドアについた小さな猫用の扉から建物の中に入っていった。
ここまで来たのだから、そのまま帰るとつもりは勿論ない愛は、勇気を振り絞って、綺麗なブルーのドアを開けた。
「……すみません…何方かいませんか?」
話しかけても、答えはない。
先に入って行った筈の黒猫も見当たらない。
それにしても……ここは何屋さん何だろう?
何かを売っている様子何て無いが、民家でもない。そもそもが本棚とアンティーク調のテーブルに揺りかごの様に前後に揺れる木製の椅子。
戸棚もあるが!そこにはランプやら何やらが一杯。…でも、食べ物は見当たらない。
困った。…仕方がないと、愛は店の奥まで進んでみる事にした。
お腹が空いて死にそうなのだ。誰でも良いから、出て来て食べ物を恵んで欲しい。
奥に進むこと数m、作業場の様な場所にたどり着いた。
愛の直感が言っているのだが、この作業場は、食べ物を作る場所ではない。
無いから興味もない。
バコン!!…何か硬いもので頭を軽く殴られた。おかしい、誰もいなかった筈なのに!!
「……お前は誰だ?」
頭上を見上げると、愛より頭1つ分位高い男が立っている。
愛だって、160cm位(自称)は有るのだから、少なくとも180cm越はしているだろう。
でも薄暗くて、顔は見えない。
「愛です」
フルネームではなく、愛と名前だけ伝えたのは、別に深く考えての事じゃ無かった。
「愛…ね。で?…愛は何でここにいる?」
「黒猫さんの案内で……お腹が空いたので、食べ物が欲しくて来ました」
「……」
愛は嘘は消してついてはいない。
でも、普通の観念からして黒猫の案内で…とは言わない方が得策だろうと言うことまで頭が回らなかった。
愛は良く言うと素直。…悪く言えば不器用な性格だった。
目の前の巨人は、少しの間黙ると指をパチンと鳴らした。…こんなにカッコ良く音が出る指ならしは初めて聞く。
それよりも驚いたのが、指を鳴らした途端、近くから遠くに向かって明かりが次々につきだしたのだ。
幻想的なその風景は差し詰不思議の国のアリスの世界の様だった。
「飯を食わせてやる」
「!!!あなたが神ですか!?」
驚きのあまり、目の前にいるのが絶世の美人だと言うことがどうでも良いくらい色褪せた。
「その先の奥に厨房がある。冷蔵庫の中のものは好きに使って良いから、俺の分も一緒にお前が作れ」
「!!!良いんですか!?」
目の前の巨人は、ホントに作るとは思っても無かったのか、少し驚いた様子を見せた。
生き生きとして厨房に入っていく愛。
30分程で戻ると、トレイの上には、四品の料理が乗っていた。
全て和食。イカのしょうが焼き、ほうれん草と黒ごまの和え物。厚焼き玉子に揚げ出し豆腐。…内容はバラバラだが、どれも美味しそうだった。
「……お前、料理ができたんだな」
「……家事なら何でも出来ますよ。…やらないと生きていけなかったんで……」
本来なら、失礼だと憤慨するところだろうが、愛はそれくらいで怒れる様な生き方をしていなかった。
ご飯と味噌汁を二人分用意し終えると、チラチラ先に席についている巨人の様子を伺っている。
「はあ、良いから食えよ。…お前が作ったんだから」
「!!!いただきます!!」
待ってましたとばかりに愛は夢中で食べ出した。
目の前の巨人も、はじめはおそるおそるだったが、一度口にすれば、愛に負けず劣らずのスピードで食べ出した。
愛と同じくらいに、ご飯が食べ終わる。
「「……おかわり」」
二人の声がシンクロし無言で頷きあうと、愛は二つ分ご飯をよそった。
愛はもう何日ぶりか解らない降りの食事だった。
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