君のため

春風月葉

君のため

 君のため、そう言って自分を逃した。

 はじめて、恋という感情を知った。でも、私の心を奪った君の心は既にどこかの誰かに奪われた後だった。私はいつか君の心を盗みたかった。しかし、動くことはできなかった。情けない奴だ。この結果にも頷ける。君はどこかの誰かを好いている、恋という感情を知った今、私にそれを邪魔することはできなかった。君が望んだ人と結ばれればいいとそう思っていた。そう思うことでこの気持ちに蓋をしたかった。

 君のため、そう言って自分を逃していたことに気がついた。本当は自分の気持ちを失いたくないだけだった。この恋に終わりを与えたくないだけだったのだ。

 自覚したときにはもう全てが遅かった。君の心は盗まれたまま、君を置いてどこかの誰かと共に消えてしまった。私はそんな君を哀れんだ。君はきっとそんな私を優しいと感じたのだろう。君は私に恋をした。そう、思い込んだ。でも私は知っていた。君の恋心はまだ盗まれたままだと。だからといって私はそれを取り返す気なんてない。また、私は逃げたのだ。

 手を伸ばせば触れられるほど近いのに、君の横顔を遠く感じる。左手を掲げ、薬指を見つめる。こんな形で君から愛の言葉なんて受け取りたくはなかった。私も君もお互いを愛している。それは間違いないだろう。しかし、私の恋はいつまでもあの頃の君に奪われたままなのだ。

 君のため、そう言って私はキスをした。

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君のため 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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