第61話 死んだ魚

あれから俺はかなりの頻度で暴力をうけたが、あの女は気がつくこともなく、出かける頻度が増え、着る服が変わった。


でもある朝、たまたま見てしまった。

あの女が洗面所で鏡を見ていた。セーターの襟をぐっと下げて鎖骨あたりを見ている。見るともなくその姿を見て、俺は衝撃を受けた。

その鎖骨のあたりは真っ青に、いやむしろドス黒い色になってまるでふかくくぼんでいるみたいに、見えた。


そうか、あの男、俺だけじゃなく俺の母親にも暴力、、、家族間だからこれのことをDVって言うんだろうな、、、と頭には浮かんだ。衝撃も受けたし何があったのか想像もできた。けれど、俺の心は動かなかった。


見なかったふりをしていつも通り学校へ向かった。歩きながらどんどん身体の芯が冷え切っていくのを感じた。優しかった父さんのことを思い出した。けれどすぐに本当の父親じゃないんだと思い直し、俺は自分の目にチカラが入らなくなる感覚を覚えた。

見えている。

世界はちゃんと見えているのに、

俺にはもう何も見えなかった。


気がつくと俺は教室にいて、担任が声をかけてきた。

「おい田上、どした?死んだ魚のような眼してるぞ」

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