第60話 暴力
ある晩のことだった。
あの女は家にいなかった。友達と食事をしてくると言って出て行った。甘すぎる香水の匂いがした。化粧が濃かった。俺はまたかと思った。
もちろんこの家に住むもう一人の男も、またかと思ったんだろう。でもなぜか、何も言わない。何も言わず大きな音でテレビを見ながらコンビニで自分で買ってきた身体に悪そうなつまみを齧りながら俺にもビールを勧めてきた。
この男、田上と暮らすようになってまだ3年も経っていないが、あの女はほとんどこの家で食事を作らなくなっていた。インスタントラーメンくらいしか作っているのを見ない。俺は慣れっこなので祖母の美味しい飯を思い出すこともあるけれどその辺の店で適当にすませたりコンビニで買ったりしていた。田上は大体コンビニで自分の分を買ってきてはリビングで泥酔するまで飲んでいた。
「要らないよ、俺まだ飲める歳じゃねーし」
軽蔑の眼差しで断った。
「なんだと?俺の酒が飲めねーのか?誰がお前ら食わしてやってると思ってんだこのやろう!」
こんな昭和なセリフを本当に怒鳴る人間がいるのかあ、と変に客観的になったその瞬間、俺は床に崩れ落ちた。
腹が、痛くて、まっすぐになれない。
腹を伸ばそうとすると激痛が走った。
けど、俺の身体は無理矢理引きずられて持ち上げられた。Tシャツの襟の部分を田上が左手で掴んで俺の身体全部を引っ張り上げていた。田上は185センチはある巨体だ。
酒臭い息でこう言った。
「てめー、クソビッチの腹から出てきた父親もわかんねーような人間のくせしやがって、俺様に偉そうな口聞いてんじゃねーぞ?このクソガキが!」
いうが早いか右の拳で二度三度腹を殴られた。
「わかるか?ここならどれだけ殴っても跡が残んねえんだよ。てめえが日和ってあのビッチに告げ口さえしなきゃあな!わかってんだろーな?もし喋ってみろや、てめーとあの女の人生はここで終わるぞ。とっくにつかんでんだわ、てめーのオカアサマの浮気の証拠はよ!だからもし、俺の機嫌を損ねてみろや、てめーのオトウサマ騙してあのビッチが巻き上げた慰謝料、そのまんままるっとおれのもんだ!」
わかってるな?俺が言い出すまで、ビッチには何も言うなよ?あの生活力のかけらもない女とお前二人で生きられるほど、この世の中は甘くねえからな。
大丈夫だよ、お前の身の振り方次第じゃ捨てたりはしねえやな。一生俺に、尽くすんだぜ、にゃとくん。
そう言って俺を床に叩きつけると、大声で笑った。
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