第47話 ハムレット

とにかく食べて飲んだ。

腹がいっぱいになるともう、人間なんてただ動物だ。死のう、なんで思考はそもそもえらく崇高なもので、例えば動物たちは自殺なんか考えもしないんだろう。


もう俺は今日から動物だ。


人間じゃない。

俺をこの世に産んだ、あの女は動物だ。

正常な思考や常識やモラルや、社会性やともかく人として持つべき感情、そういったものが欠落している。

その女から生まれたんだから、

俺も動物。人間ではない。


なんでもしてやる。

なんでもしてただ生きてやる。

死ぬ勇気も出なかった、こんな俺は、ただこうして飲んで食って、眠ろう。


虚な脳みそでそんなことを考えてぼんやりしていると、目の前の扉が開き、女の人が入ってきた。


やっぱりな、と俺は思った。


救いの神は、

俺を殺したいほど憎んでいるであろう、あの女性だった。


理沙子という人。

田上を捨てた人。

田上の元妻。


ゆっくり口を開くと、こう言った。

「落ち着いた?死ぬなんて馬鹿なことを考えるのはやめなさい。君は受験生じゃないの?君の人生は君だけのもの。馬鹿な大人に振り回されずにきちんと生きなさい。死ぬほど嫌な大人たちを見てしまったなら、そうならないように自分で努力しなさい。もっとも血は争えないというのも、どんな親でも子を愛するというのも本当よ。

私のことは覚えているわね?私はね、あなたの母親と私の元夫について、全てを知っているわ。多分、あの2人以上に2人のことがわかっています。なぜかわかる?私はちゃんと自分の人生を歩いているから、逆に、道に外れてしまった人たちのちっぽけな世界観が手に取るように分かるのよ。あの2人には自分たちだけの価値基準しかない。ないんじゃなく見えないのね。見たくないから。見たら、恥ずかしくて普通なら生きていけないわ。いい歳をして、情欲に目が眩んで周囲を顧みずに我を貫くなんて、人間性が愚劣で恥ずべき人間の魂は、図々しいのが特徴ね。

とにかく私は軽蔑、という言葉の意味を、あの2人のおかげで真の意味で知ったわ。

あなたも、死ぬほど苦しむなんて、あの女に対して愛があるのね。愛がなければ苦しくなんかないものよ。もっとも生みの親ですものね、動物以下の女だとしても。

客観的に言うとね、例え親でも、あんな人間のために死ぬだなんて、バカよ。」


そういうと、文庫本を一冊、机に置いた。


「辛い時はそれ読みなさい。差し上げるわ。あなたの人生が少しは楽になりますように。読んで、ハムレットのように復讐を誓うなら、助けてあげるわよ、赤の他人だけどね」


俺は、心の中でずっと、ありがとうございます、ありがとうございます、と叫んでいた。


俺に生きる勇気と気力をくれたのは、

紛れもなく、この人だった。

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