第43話 棘
それからの僕の生活は、受験どころではなかった。父さんは、自分ひとりで一生懸命働いて買ったはずのこの家を出て、おじいちゃんの家に行った。行った、んじゃなくて、あの女に追い出された、と言った方がいい。あの女は何の権利があってか、父さんは有責配偶者なので離婚を断ることはできないから、財産の分割のことさえすめば、すぐに離婚するから、引越しの準備をしろと僕に言った。
父さんが家を出てすぐに、おばあちゃんが僕らの家に来た。
「みほさん、一体どういうことなの?こんなに急に別居だなんて。何があったの?」
すると、あの女は、目にたくさん涙を浮かべてこう言った。
「ゆうすけさんには、もう随分前からお付き合いしてる女性がいたんです。私耐えられなくて、探偵に調べてもらいました。証拠の写真を見せられて、もう、やっていけません。離婚します」
「でもみほさん、あの子はあの女性とはそんな関係じゃない、離婚はしたくない、直人のためにも別れないと言ってるわよ?もう一度きちんと話し合ってみたら?」
「直人は私がきちんと育てます。離婚したくないと言われても、あの人が撒いた種です。私はもうやり直せません。おかあさん、どうかお引き取り下さい。あの人に、慰謝料や養育費はちゃんと払うよう言ってください!それから、もう二度とここへは来ないでください」
あの女は、か細いおばあちゃんの体をぐいぐい玄関の方へ押し出して、バタンと扉を閉めた。
「この家売ったお金の半分と、あたし名義で貯めておいた貯金と、あいつからふんだくる500万の慰謝料とあんたの養育費くらいじゃ、ろくな生活できなくなっちゃう!にゃと〜お願いだから、あいつに、田上に連絡とってよお!田上ならそこそこ収入いいし、嫁に捨てられてんだからさ、あいつと再婚して、あいつのせいで堕したまめの責任取らせようよ〜」
僕は、
僕は、これまでの人生で一番、
大きな声を出した。
「いい加減にしろよ!不倫してたのは、おまえの方だろ!慰謝料だって向こうの奥さんから請求されてるくせして、父さんを罠にはめて騙す気か?ふざけんなよ!
僕はあんたを絶対許さない!僕は、もう、あんたを母親だなんて思わない!あんたと暮らす気なんてもうない!僕は、僕は、父さんと一緒に、おじいちゃんちで暮らす!あんたとは、完全に縁を切るよ!
僕はもう中学生だから、親を選べるよな?ちゃんと調べておいたんだよ!僕が父親といたいって言えば、そうできるって。あんた、なに勝手に僕が自分といると思ってるわけ?おまえみたいな女を母親だなんて思えない。
僕は、絶対、父さんと一緒に暮らす。父さんと一緒におじいちゃんちで暮らす!」
言ってる途中からどんどんどんどん涙が溢れてきて、気がついたら僕は、号泣しながら父さんと暮らす、父さんと暮らす、と叫んでいた。
どのくらいの時間そうしていたんだろう。
涙が止まり、しゃくり上げていた呼吸も整って、立ち上がろうとすると、僕の目の前にあの女が仁王立ちして薄笑いを浮かべながらこう言った。
「なに言ってんの?にゃと。あんたの親は、あたしだけ。あたしと離れて他人と暮らすなんて、できないんだよ」
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