第41話 母の作戦

2月に入り、凍えるような寒い日が続いていたある日、ついに内容証明が届いた。あれからずっとほぼ毎日、夕飯を準備して父を待っていた母は「これでもう面倒なことしないで済むわ」と言った。


すぐに弁護士に電話するからうるさくしないでよ、と僕にいうが早いか携帯で電話を始めた。

「ええ、慰謝料200万と言ってきてます。はい、ダメですね、男とは連絡取れてません。でも向こうが別居してることは間違い無いんです。いや会えないです。はい、はい。あいつが支払ったかどうかだけでもわかればいいんですね?わかりました。なんとか連絡取ってみますが、今のところは難しいと思います。え?いえ、絶対、払いたくないです。なんであんな女に私が払うんですか?こっちがもらいたいくらいですよ。ええ、、、ええはい。わかりました。やってみます」


電話を切ると、僕に猫撫で声でこう言った。

「ねえ、にゃとー!あいつにさ、田上に電話してくんない?お母さんが病気でどうしても会いたがってるって言ってよ」

「なんでだよ。元気だろ」

「もーあんたって本当に使えない!協力しないと、大変な思いすんのは私だけじゃないんだからね。あームカつく。もう寝るから父さんの世話よろしくね」


その日を境に、母はまた、家事一切をしなくなった。

元々そうだったとはいえ、ここしばらくは幸せな家族の夕飯が続いていたせいだろう、余計に寂しくなったのか、また、父さんの帰りが遅くなり始めた。


「本当単純でバカなやつ」

と、母は吐き捨てるように言って、またどこかに電話をかけた。

「こっちも慰謝料請求きちゃったんで急いでもらえます?そろそろだと思います。ええ、最近帰り遅くなってるんで。はい、なんとか今月中に、もう一回証拠、お願いしますね」


母にとっては父さんの寂しい気持ちすら、どうやらコントロールできるものらしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る