第39話 郵便屋
それからしばらくは穏やかな日々だった。
母は、あんなに出歩いて、というかこの家にいた試しがないほど男にハマっていたくせに、ある日を境に、絶対に外出しなくなった。
ずっと一階のリビングにいて、玄関のチャイムがなると飛ぶような速さで走って出る。ずっと、何かを待っているようだった。みるみるうちに太って、いつも眉間にシワを寄せて、イライラしていた。
「にゃと、内容証明ってのを郵便屋が持ってきたら受け取ってすぐ私に頂戴。それが来たこと絶対父さんに言うんじゃないよ。言ったら全部終わるんだからね!あんたのためなんだから!」
どうやら先日母は弁護士事務所へいき、いろいろと知恵を授かってきたらしい。
「一円でも値切ってやる!にゃと、あんたのためよ」
「絶対バレるもんか」
「こっちも証拠取らなきゃ」
こんな様なことをずっとぶつぶつ言いながら、玄関とリビングを行ったり来たりしていた。なぜか、母は充実しているように見えた。やらなければならないことが、たとえそれが失敗すれば自分を追い詰める可能性のあることだとしても、いやだからこそ余計に、絶対にやり遂げなければならないことがある、という今のこの状態が、母の人生を明らかに充実させていた。人生に退屈して、男漁りくらいしかできることがなかった母が、いま、日々ある種の興奮状態といえるほどの活気に満ち満ちて、本人にとってだけの真実と正義に向かってなりふり構わず突き進んでいる。
僕はそんな母がただひたすらにおぞましかった。
母は、家にいる時に玄関チャイムが鳴ったら絶対に父さんに行かせるなお前が出ろ、郵便物は受け取ったら母にすぐに渡せ、できなければ私とあんたで死ぬしかない、といった。
僕はそりゃ本望だ、と思った。
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