第34話 本当の地獄

本当の地獄は、始まったばかりだった。

入り口。

あの年末は、ただの地獄の入り口。


2018年12月31日。

あの日から母は泣き叫び田上に連絡を取ろうとし、2人で借りたあの部屋へ行ってみたりしていたようだが、完全に田上からは別離を告げられ、会うことすらできなかったようだ。

この日の朝は、大晦日なので弁護士事務所があいてない、と言いながら何件も何件も電話をかけまくっていた。


すると突然玄関の鍵が開いた音がして、リビングに現れたのは、父さんだった。


「ただいま」

「え?父さん!帰れないって」

「ああ、どうしてもお前の顔が見たくなってさ。無理したよ。疲れたから、風呂、入ってくるわ」

「あ、待って父さん!シャンプーとかきれてる!俺風呂掃除してやるよ!久しぶりなんだから、綺麗な風呂入ってよ」


僕は慌てて風呂へ飛んで行った。かれこれ3ヶ月くらいはこの風呂は誰も使ってなかった。母はあの部屋で入ってから帰っていたし、僕は祖父母の家で使っていたからだ。


風呂を掃除していると、2人の笑い声が聞こえてきて驚いた。何やら話しては、父と母が笑いあっている。僕は、幸せだったこの家のあの頃を思い出した。そんなに昔じゃない。あの2人がああして笑い合いながら僕を育ててくれていた日は。そんなに遠い過去じゃない。だってはっきり思い出せる。楽しかった日々。この家を買った時は、3人でこの風呂に入ってふざけて遊んだ。

なのにいま、僕は母の不倫を隠すために、必死でこの風呂を洗っている。

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