第32話 別離
「直人、仕事なんだ、ごめんな」
父さんから電話で、年末年始は帰らないと告げられた。
もう父さんとは、半年会っていない。僕は出来るだけ父方の祖父母の家にいるようにしてこの半年を過ごしていた。
夏に田上の子供を堕胎した母は、田上に2人で過ごす為の部屋を近所に借りさせた。それまではよく、僕が学校に行っている間に出かけ、翌々日ごろふらっと帰って横浜や長野や千葉の土産を渡してきたりしていた。部屋が出来てからはそこに入り浸っているらしかった。一度、深夜に家に戻った母は「あんたがいるから帰ってきてやってるんだからね」と言って、僕を睨みつけた。僕は死にたくなった。
母は心と身体の調子が悪そうだった。
もう38なのだ。夫以外の男の子供を妊娠し、堕胎して、それでもその男にへばりついている。堕胎したのは、その男、田上があの理沙子という妻を選んだからだ。それに、自分でも、僕のためとか言いながら、父さんと離婚できないからじゃないか。自業自得、という言葉の意味を僕は完全に理解できた。
この半年、僕にとっては地獄のようだった。夏に堕胎、部屋を借りて帰らなくなり、機嫌が少し良くなったのもつかの間、すぐにどんどん心と身体のバランスを崩していった母を、僕は一人で見続けながら、結婚や男女のことにひたすら嫌悪感を増幅していた。僕の周りは青春の入り口でみんな男女のことに興味津々だったが、僕はその話題になると吐き気とめまいしか感じなかった。僕はもう、女を好きにはならないような気がした。
そうやって半年我慢していたのは、年末に父さんが戻ったら、お願いして、年が明けたら父さんと暮らしたいと言って、あの母から離脱するつもりだったからだ。この半年、あの女の存在に耐えれば、別離できると、思ってたからなんだ。
それなのに。
父さんは、年末年始は帰らない、と、言った。
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