第31話 母の狂気
あの年は、そのまま過ぎていった。
母はどんどん狂っていった。
12月になる頃には、寝ているところを見なくなった。いつでも起きていて、夜中に携帯の明かりに照らされた顔を見たときは、ああ、この人は、もう壊れてしまったと思った。鬼のような形相、とかいう言葉を教科書で読んだことがあるが、まさにそれだった。
もともと田舎出身で、訳ありで状況した母にはただ馬鹿みたいに明るくて目立ちたがりという点以外に取り立てて特徴もなく、短大を出て半年だけ就職したけど辞めてすぐに父さんと結婚した。僕が生まれたのが4月だから、できちゃった結婚だったんだろう。
僕は小さい頃からやたら写真が多くて、友達はお前可愛がられたんだな、と言ってくれたけどよく見て欲しい。写真にアップで写ってるのはいつだって母で、下手すると赤ん坊の僕はブレてたりしてた。その僕がブレてる写真をわざわざとってあるのはもちろん、母の写りがいいからでつまり、僕は、母にとっては自分を飾る道具の1つでしかなかった。母は自分の容姿にだけはやたら自信を持っていて、とにかく派手だった。母になってもミニスカートで乳母車を押した。
そんな母が、だ。
今、暗闇で携帯を見つめている母は、太って高くなった頰に大きな目が埋もれてその目がギラギラ光る。何かをブツブツ呟いて爪を噛んでいる。眉間には深いシワがあった。息子の僕ですら恐怖を感じで近づけなかった。
その頃、とっくに父さんは家にいなかった。
単身赴任になったからだ。父さんはあの夏の終わりの、出発の日、何度も何度も僕に言った。
「にゃと、ちゃんと食えよ。金に困ったら言ってこい、すぐ送るから」
「父さん、いつ戻るの?」
「わからないんだ。仕事が立て込んでて」
「また会えるかな」
「何言ってんだ、親子だろ。お前がそうしたければこっち来たっていいんだ。田舎だけどな」
「ああ、でも受験が」
「だろ?だから、頑張れ。父さんも、頑張るよ。じゃあな」
母は、見送りにすら出てこなかった。
「にゃと!買い物行ってきて!いつもの!」
突然怒鳴られた。財布から一万円札を二枚出して、残りは小遣いにしていいから、と言った。
金だけはいつも持っていた。父さんからの生活費と、田上からの入金とで、母は金だけは困った様子はなかった。
僕が買い物に出ようと支度していると、怒鳴り声がした。
「責任とれ!金払え!自宅に行く!一生許さない!お前に子どもおろした女の気持ちがわかるわけない!」
そのあとは呂律の回らない状態でまくしたて、最後はギャーギャー叫んでいた。
この人が僕の母に戻ることはもう、一生ない。
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