第26話 罪悪感

僕の弟だか妹だかわからないそれは、あっという間に殺されることが決まって、僕は母という女に関してはもう一切の感情を捨てなければいけなくなった。これ以上、ぶっ壊れるわけにはいかない。ただでさえでも現時点で、僕はまともに喋る事も出来ないんだ。もう壊れたくないし、僕はもう、中二なんだ。母なんてもう、必要ない。


「にゃと来てくれててよかったー。電話じゃ金出さないって、お前とは別れるまで言ってたんだよあいつ。妊娠させといてさ。あーヤバかった。書類取れたし、あとから金は請求すればいいもんね。にゃとー!ありがと!なんか美味しいもん食べて帰ろうよ」

「俺まっすぐ帰るわ。あんたは好きにすれば」


はじめて母を〝あんた〟と呼べた。

少しだけ、自分の生い立ちから解放されて、自由になれた気がした。僕は立ち上がった。


「ねえ、この事父さんには」

「言えるわけねーだろ」

「絶対だよ」

「、、、なんで離婚しねーの?あいつでいいじゃん、田上で」

「にゃと!なに言ってんの?あんたのためでしょ?」


僕は、あの瞬間ならきっと、あの女を殺せたはずだった。でも出来ないまま、身体中を震わせながら、僕はその店を出て家路を急いだ。


僕はもう何年も、父さんに対する罪悪感に苦しみ続けて生きてきた。あの田上という男や、おそらくそれ以外にも何人かいる母の愛人たちの存在を知って以降、僕はずっと父さんごめんなさい、父さんごめんなさい、と心の中で思い続けてきた。そのうち目を見て話す事も出来なくなった。親子なのに。苦しい、苦しい、苦しい、、、


父さんは僕に会うと、直人、元気か?とか、直人!背が伸びたか?とか、直人、飯食ったか?とか、直人、勉強しろよ!とか、必ず声をかけてくれていた。なのに僕は、罪悪感で父さんを見る事も出来ない。返事したくても、一番大切なことすら話せないでいる僕は、言葉がなに1つ出てこない。僕は最低だ僕は最低だ僕は最低だ。


父さんが、リビングで親友と電話しているのを聞いたことがある。

「そっか。思春期かあ、、、自分にもあったもんなあ。でもさ、やっぱさみしいよ。もう何年も直人、まともに返事もしてくれねえや。吃音も治らないみたいだしな。あー!俺、自分の息子に嫌われたんかな」

父さんはそう言って、強いウィスキーをがんがんあおっていた。


父さん、ごめんなさい。

僕には、全てを話す勇気がなくて、ごめんなさい。

信じてください。

僕は今でも父さんを尊敬してるし、大好きだよ。本当に、本当に。父さん。父さん。


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