第23話 発症

まだ小5だった僕の夏休みは、母を殺したくなるに足るひどい旅だった。この後の湯布院での一泊も、2人はえらく盛り上がっていたが僕にとっては二度と生涯訪れたくない場所となった。


あの後湯布院に一泊、あの2人は僕だけを高級旅館に泊まらせて、自分たちは近くのホテルに消えていった。朝8時に車の前でな、と言いのこして。旅館の人たちに2人のことを根掘り葉掘り聞かれながらの夕飯は辛かったけど、一人で居られること自体はむしろ嬉しかった。もう、母の顔を見ないで済むなら、嬉しいと感じた。


なのに深夜0時ごろ突然、部屋の電話が鳴った。慌てて出たら母が酔っ払った猫撫で声で、僕の旅館の一階のバーでカラオケをやってるから今すぐこいという。行ってみると、安っぽいホテルの浴衣がはだけ、だらしない状況になったの母が熱唱している。そこにたくさんの知らない男が群がって、やんやとはやしたてながら、時折母の太ももや胸をつついていた。母は御構い無しだった。すごく酔っている。田上は見当たらなかった。


僕はその様子を遠くから見て、見つからないようこっそり部屋に戻った。明日朝食会場に行くのはやめる。旅館中の人に、ゆうべカラオケ歌いまくってた人がお母さんでしょう?なんて聞かれたら、僕は今度は死にたくなる。


人の脳って意外とうまくできていると思う。僕はあの夏のことを、中2の今、もう断片的にしか思い出せなくなっている。ただ身体に起こった異変は未だに尾を引いている。


僕はあの旅行から「どもり」になった。病気の名前は吃音、というらしい。父さんを呼ぶときにと、と、と、父さん、となってしまう。あの旅行から帰って最初に父さん!と言おうとした時から始まった。中2の今も治っていない。母が病院へは行かなくていいというので行かずに自分でググって調べてみた。原因は遺伝らしいけど、父さん側の親類の誰にもない症状だ。母側は、、、あったこともないんだからわかるわけがなかった。でも、母は「こんな子初めて見た、なんでなの?なんでにゃとが?」と言って泣いたので、母の親類にもきっといないんだろう。


そういうわけで僕は母の可愛い子供、から無事卒業できたらしい。母にとっては、髭がはえてきて吃音になってしまった可愛くない僕は、もう必要な子供ではなくなった。


おかげで僕は中2まで、生きてくることができた。あの女を殺さずに。

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