第16話 夏の旅〜2日目

人間の脳は、辛すぎることを受け入れないようにできているのかもしれない。少なくとも、あの夏の旅行中の僕は、あの夏の10歳の僕は、そうだったんだと思う。


なぜだかわからないけれどやたら元気になった僕は、勢い込んで部屋に戻った。田上はおらず、母が荷物を投げるようにカバンに詰めていた。


「早くしてよ!にゃと!もう行かないと車出すのに遅れちゃう」

明らかに機嫌が悪い。でも僕はそんなことが気にならないほど、気分がハイだった。すぐに荷物を詰めてリュックを背負い、母を置いて田上の車へと走った。あの車が視界に入った時、心臓がドン!とひとつ、大きく鳴ったけど、僕は頭をなんどか横に振って、何も考えないようにして、狭い後部座席に飛び込んだ。


「あー早いじゃん直人。元気が出たみたいだな。さ、楽しもうぜ。」

田上の言葉に「はい」と答えた声が、すごく明るくて元気に聞こえて、自分で自分の声に驚いた。


不機嫌そうにバンッと助手席の扉が開いて、母が乗り込んできた。田上は気に留めていない様子で「よし、間に合ったな!」と言って前の車の動きに合わせ、アクセルを踏んだ。車は列になって大きなフェリーから降りていく。


ついに九州に上陸だ。

楽しまないと。楽しまないと。楽しまないと。

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