第8話 夏の旅〜1日目〜
最初の夜はフェリーの中だった。
僕は頭痛で意識が朦朧としたまま、小さな外車の後ろの席に乗らされた。それからその車の屋根が開いた。僕は恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。通り過ぎる人たちがみんなこっちを見ているような気になる。
母は、はち切れんばかりの笑顔で助手席に座り、いつもよりオクターブ高い声で何やら話し続けていた。時折、持ってきたおにぎりなどを田上とかいうでかいおっさんの口に運んで食べさせている。父さんにこんなことをしてあげているのを見たことはない。いつも父さんが、母に何かをしてあげていた。いつも。
「にゃとも食べるう?」
振り返って後部座席の僕を見たその女の顔は、頬が紅潮して肌がピンク色に光っていて、それは、昔、父さんと行った動物園で見た、発情期だという雌猿にそっくりだった。僕は「悪寒がする」と言って、狭い後部座席に横になり、天を仰いで目をぎゅっとつぶった。
「風邪かもねー。ま、寝れば元気になるよ」
もし、もしもこの女が母親なら、10歳の僕のこの様子から、もっと違う心配りや優しい言葉があるものではないか。僕はもう、目を開けられなくなった。
「寝たか?」
男の声がして。
「うん。」
女の声がした。
ちゅっちゅっという聞きなれない音がした後、唾液が絡み合うジュルジュルという音が聞こえてきて、僕は涙が滲んだ目を、ぎゅっとつぶってもう二度と開かないように祈った。
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