第23話 北側難民受け入れた小さな町 ハーベシアモデルに世界的注目

●奇跡の町づくり ハーベシアモデルに注目集まる

世界各国の対応が分かれ、旧北側諸国出身の難民への支援が進まない現状が続いている。


その中で、西魔法大陸の小さな町が行った独自支援策に注目が集まっている。そのモデルは、町の名を冠して「ハーベシアモデル」と呼ばれる。


●西魔法大陸の辺境地が北側難民受け入れ

西魔法大陸ドレン山脈と東西海に挟まれた、ハーベシア。4大魔法王国の影響をほとんど受けずに存続してきた、辺境の町である。


他の地域との交流をほとんど持たずに暮らしてきたハーベシアの人々は、「排他的で偏屈」と思われてきた。


しかし北側大陸の海没に伴って難民が流れ着いた時、彼らは真っ先に救いの手を差し伸べた。


ハーベシアに流れ着いたのは、北側諸国出身の難民500人。空上離脱に間に合わず、避難船から零れ落ちた、瀕死の人々だった。


ハーベシア住民は彼らを懸命に手当てし、回復した379名を見返りを求めることなく町民として受け入れた。


●ハーベシア町では南北市民が共生

北側大陸の完全海没からおよそ5年、現在のハーベシアでは南北出身の市民が助け合って生活している。


彼らは居住地を分けるでもなく、職業や身分を区別するわけでもない。本当に一緒に生活しているのだ。


街の中心地であるハーベシア商店街は、歴史ある魔法街の風情を残しつつ北方風の店が点在している。最近は聖剣教の小さな教会が設立され、北方風の結婚式がブームになっているらしい。


このような”幸せな共生社会”は、これまで南北間には一度も観測されることがなかった。


ハーベシアは”奇跡の町”として有名になり、世界各国から観光客や研究者が訪れる地となっている。


●捕虜でも侵略者でもなく ハーベシアモデルとは?

ハーベシアの住人たちは傷ついた難民たちを一度も尋問せず、町民として受け入れた。


一見甘い対応のようであるが、町は多文化を受け入れつつも独自の歴史を守り続けている。難民たちに侵略される心配もなさそうだ。


難民を捕虜とも侵略者ともみなさないのに、自治権を保ちつつ平和的に共生しているのだ。これこそが、ハーベシアモデルが世界的に注目される理由である。


●農耕・漁業文化と”無垢なる無知”が難民受け入れに功を奏したか

ハーベシアの長である三婆*1は、ハーベシアモデルについてこう語る。


海婆:


海から人がどんどん流れてくるのには驚いたけど、北の人たちだから見捨てようとは思わなかったねぇ。冬の海は寒いしケガもしているし、ただただ気の毒だったね。


この辺の海域は海が荒いから、昔から「海にでたら国は忘れろ」って言ってね。出身なんかにとらわれず、協力するのが決まりなんだよ。


山婆:


まあ、この町はある意味「難民慣れ」してるからねぇ。王国のほうから山越えして、ここに逃げてくる人らがいるんだよ。


そういう時は、だまって住ませてやるのがルールなんだ。もちろん、悪人なら追い払うけどね。


畑婆:


うちは畑と漁で成り立つ町でしょう、だから人手はいくらあっても良いの。みんなが得意なことをすれば効率も良くなるし、仕事が分からなければ教えるし。


流れてきた人たちを厄介だと思ったことはないねぇ。みんなよく働いてくれるよ。


三婆の話について、ハーベシアモデルを研究している東部社会系研究所のT氏はこう語る。


T:

ハーベシアは漁業・農業が盛んで、難民を持て余さない環境が元からできていた。雇用が減るのを恐れない点で、難民受け入れにアドバンテージがあったのは間違いない。


古来から権力の影響を受けにくい風土だったことも、難民受け入れには良かった。南北の対立構造に良い意味で無頓着になり、差別心が助長されなかったと考えられる。ハーベシアの人々は「無垢なる無知」*2で難民と共生できたのではないか。


●難民は多くが旧聖剣教国出身

ハーベシアに受け入れられた難民の多くは旧聖剣教国の出身者である。彼らは全員が聖剣教の信者であり、その信仰はたびたび他国との衝突を招いてきた。


難民として受け入れづらいとされる人々を受け入れいる点でも、ハーベシアモデルは評価されている。


●「文化は捨てずとも、極端な主義主張は控えるべき」と難民代表

ハーベシアに移住した難民で作る聖剣教徒サークルの代表は、新天地での生活について気をつけていることがあるという。


難民代表:


ハーベシアに流れ着いたとき、私たちのほとんど全員が瀕死の重傷を負っていました。みんな口には出しませんが、「命が助かるなら」と信仰を捨てる覚悟をした瞬間もあったでしょう。しかし、ハーベシアの人々はそれを求めませんでした。


「異教徒に剥ぎ取られる」と教えられていた聖剣章も大事にしてくれましたし、治療部屋の隅に祈りの間も作ってくれました。「南方にはこんなにも異文化に敬意を払える人々がいるのか!」と、驚愕したものです。


ハーベシアに住むことができると決まったとき、難民全員でハーベシアの文化を尊重することを約束しました。この町の人々に教わったのは、「異教徒に必要なのは教化ではなく尊敬だ」ということです。


私たち北側系出身者は思想国家制度の下で生活してきたので、家族や地域の人々が同じ考えを持っているものと思い込んでしまいがちです。そういった思い込みが前提にあるので、北の市民は押しつけがましいといわれてしまうのだと思います。


ハーベシアの文化に迎合する必要はありませんが、極端な主義主張の押しつけをしないようにと気を付けています。


●ハーベシアモデルの広がりに期待

期せずして南北の架け橋となった町、ハーベシア。共生の秘密はこの町の人々の文化・思想と、難民たちの気づきの両方にあるようだ。


ハーベシアモデルの広がりが期待される。


*1:ハーベシアは3つの地域に分かれており、それぞれの地区を治める首長がいる。首長は代々女性が務めることになっており、3婆と呼ばれている。首長を女性に限るのは、男性が漁で町を空けるときも自治権を守るための制度が文化として残っているからである。


*2:マーデルローズ(5871)「対差別運動のストラテジー」より。無知はそれそのものが差別を生むわけではないとする説。


無知な者ははじめ差別心を持たず、無垢なる無知状態にある。しかし、不安や差別構造の刷り込み(誤った差別教育を含む)に影響を受けると差別に加担してしまう。無垢なる無知者には差別を経験させず、差別を必要としない知恵を授けるのが理想である。

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