第6話:俺にできたこと、俺にできること

 アルカナ=コインは体育倉庫にあった。相変わらず再生される景色は変わらない。手足を結ばれ、腹を殴られる。違ったのは最初に顔を殴られたことくらいか。

 痛みにはもう慣れた。慣れちゃいけない痛みに慣れた。記憶の主が慣れたのかどうかは知らないけど、彼女は苦しみから今日、解放される。俺が解放する。


 割り出したローテーション。体育倉庫の次は宿直室。生徒が立ち入り禁止のはずのその場所には、すでに人がいた。


「お前が何でここにいんだよ、涼介」


 そこにいたのは、手を引けと言ったはずの涼介本人だった。


「危険だからやめるんじゃなかったのか? お前じゃどうにもできないんじゃなかったのか? また止めに来たとかじゃないよな?」


「……お前、ほんとに1人でやるつもりか?」


「嫌味言いに来たのか。お前も暇人だな」


 宿直室のドアノブに手をかける。俺の手首を掴んだ手は、以前のように振り払うことはできなかった。


「待てよ……俺だってあれから調べたんだ。聞いてからでも遅くねぇだろ?」


「遅いに決まってんだろ! 邪魔するなら今すぐ帰れよ!」


「今部屋に人はいねぇ! 犯人も被害者も! 誰もいない部屋に突っ込んで何する気なんだつってんだよ!」


 人がいない……? いやでも、電気ついてるし……。


「調べたって言ったろ。中に人がいる時は電気消えてんだよ。俺も聞くまで知らなかった。だから、な? 1回落ち着けよ。それじゃ助けられない・・・・・・だろ?」


 助けられない……こいつも助けようとしてるような言い方だな。

 はやっていた感情を落ち着かせる。話を聞いて、出方次第で決めよう。1人で行くか……協力するか。


「多分だけど、被害者は百合谷さんだ。最近彼女が遅くまで残ってるのを見たやつが何人かいるらしい。まぁ納得だよな。百合谷さん可愛いし……おっぱいでかいし。男子ならまず1度は憧れる」


 宿直室の正面の階段裏でこそこそ話す。百合谷さん……でもそうなると男側は誰なんだ? 俺ですら知ってる、クラスどころか学年のアイドルに手を出せるやつなんてそうそういないだろう。


「おかしいと思わねぇか? 確かに百合谷さんはめっちゃ告白とか断ってるけど、恨まれるどころかファンは増えてくばっかりだ。彼女に手を出してそいつらが黙ってるはずねぇだろ? だから俺は思ったんだよ……犯人は生徒じゃねぇんじゃねぇかってな」


「生徒じゃないって……じゃあ」


「あぁ……教師陣の誰かだ。多分、間違いなくな」


 教師……先生方の中に、犯罪者が紛れてる? 普段なら何をそんなと笑い飛ばすだろう。でも今は、妙にリアルに聞こえた。

 屋上にあった銀のアルカナ=コイン。自分の考えばっかり、という言葉。アイドルとしての像を押し付けられた彼女の心の叫びだとしたら……嫌なこと《せいこうい》を押しつけられた彼女の心の叫びだとしたら。繋がった1本の線に寒気がした。


 涼介はアルカナ=コインなしでここまでたどり着いたのか? バケモノみたいな情報網と頭脳だな。こっちをまっすぐ見てくるその目には、もう前みたいな冷たさはなかった。俺に何かを訴えてる。わかったよ……お前の勝ちだ。


「涼介……俺は昨日、屋上で……」


 その時、頭上で足音が響く。

 声を潜めた俺たちが見たのは、死んだ魚みたいな目で宿直室に向かう百合谷さんの姿だった。

 電気が消えて2、30分くらいだろうか? 宿直室に入っていた人物に、俺たちは驚きを隠せなかった。




 何でだよ……俺はあんたのこと、嫌いじゃなかったっていうのに。

 なぁ、教えてくれよ……武田先生。

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