第5話:銀のコイン

 オレンジ色に輝くコインは、今までのものとは違った。

 屋上の柵近くに置かれている。落下は怖いからうつ伏せのまま這い寄って……手にとった。


 次の瞬間、俺の脳に電流が走る。視界こそ良好だが……世界が色あせてた。




+++




『××! 今すぐ降りてこっちに来い! な!』


『いやです。だって誰も助けてくれないもの。私はもう、幸せになんてなれないの……そうでしょ? 先生』


『××ちゃん! お願いだよ! 死なないで!』


 この視界……見覚えがある。風に吹かれてなびく黒髪は、俺がこの1ヶ月ずっと見続けてきたものだ。

 俺の口が言葉を紡ぐ。綺麗なソプラノが俺の声じゃないのは明白だった。


『あなたたちはいつもそう。自分の要求ばっかり通ると思ってる。私とあなたたちじゃ何も違わない、どっちも同じ人間なのに……どうしてだろうね?』


『ねぇお願いだから! 戻ってきて!』


 そう叫ぶ声は女子のもの。聞いたことはあるのに思い出せない。顔にはモザイクが入ってる。大事なところが欠けている。

 俺は見てるだけ。感じるだけ。主導権はない。今までと同じ……ただ苦しむだけ。でも痛くない。何の暴力も振るわれてない。


 また俺の口が開く。言葉げんじつはあまりにも……残酷だった。


『ごめんね、佐伯くん……大好きだったよ』




+++




「ハァッ! ハァッ……はぁ、はぁ……」


 身体中の肉と骨が潰れる感覚。まだ両手も両足も震えてる。うつ伏せでよかった。もし立っていたら……俺も飛び降りていたかもしれない。

 口から外したタオルには血が滲んでいた。頬の内側を噛み切ったらしい。血の匂いがやけに鼻につく。そんなに血が出てるわけじゃないのに……幻覚のせいだ。


「自殺……」


 そう、自殺。飛び降り自殺。手の中の鈍色をしたコインが使用済みであることに安堵した。あんな感覚、もう2度と味わいたくない。

 それと……できる限り早く、この女子を見つけなくちゃいけない。じゃなきゃ……この子が、死ぬ。


 俺はフラフラと教室へ戻り、校内を見回ってから家に帰った。

 クラス全員のSNSアカウントを探しながら。




 自宅、風呂の中。俺は沈みながら考えた。

 アカウントは見つからなかった。ツイッターもインスタも。ラインはクラスのグループがあるからわかるけど……1人1人に聞くのも時間がかかる。


 銀のアルカナ=コインは未来が見える。いつのかはわからないけど、確実に起こる未来。変えるにはアルカナ=コインが見える俺が何とかするしかない。

 あの子を探す手がかり。黒髪のセミロング。綺麗なソプラノ。屋上にいた人数から考えて結構な人気者。俺の肩より小さいであろう身長。


 1番重要なのは……。


「俺のことを、好きなやつ……」


 心当たりが全くない。誰だよ? と言うかそんな奴が本当にいるとは思えない。俺はクラスの隅っこにいるようなやつだぞ? 俺に近づいてくるのは大抵が涼介目当てだって言うのに。


 幻覚を事細かに思い出す。誰かの記憶や未来だけど、幻覚って思わなきゃやってられない。何があった? 風が吹いた。誰かが叫んだ。甘い匂いがした……。


「甘い匂い……どっかで嗅いだような……?」


 思い出せない。でも別にいい。

 校内のアルカナ=コインは今日でほとんど回収した。ある程度のローテーションがあることもわかった。明日どこかにあれば、そこが今日の現場。現場さえわかれば傾向を読んで助けられる。


 あの子の学校生活は終わりかもしれない。男側は間違いなく終わるだろうけど、被害者のあの子だって多分この学校にはいられないだろう。

 でもそれでいい。人生が終わってしまうよりは、はるかに。


 俺は眠った。来たるべき、戦いに備えて。

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