第4話:自分じゃない誰かを思う

「レイプ……?」


 あれだろ? よく聞く性的暴行ってやつ。あれって小説とか、作り話の中だけじゃないのか?

 俺は男だから女側の感覚はわからない。もし俺が女子だったら何かわかったんだろうか。顔も知らない誰かだけどいい気はしない。それに場所も問題だ。コインのある場所は……多分、そういうことをした場所なんだろう。


「お前の話と推測が全部本当なら、この学校の誰かが、この学校の誰かを無理やりってことになる。大輔……悪いことは言わない。もうコインがあっても拾わないでくれ」


「何でだよ! 誰かわかんねぇけど……誰かが苦しんでんだぞ⁉︎」


「世の中にはMっ気の強い人もいる。望んだことかもしれないだろ」


「首絞められて苦しんでたんだ! そんなこと誰が好き好んでやるんだよ!」


 ガッと胸ぐらを掴まれる。ベッドに押し付けられ首が圧迫される。もう3回目だ……流石に慣れた。慣れたくなんてなかった。

 俺たちしかいない保健室に涼介の声が轟く。


「誰かもわかんない奴のためにお前が傷つく必要はねぇだろ! 仮にお前が現場を直接見たらどうなる⁉︎ 最悪殺されるぞ! このままコインを拾い続けたってお前の心が壊れてくだけだ! 今日みたいなお前を俺はこれ以上見たくねぇんだよ!」


 確かに涼介の言う通りだ。涼介ならどうにかできるだろう。あるいは武田先生なら。それに比べて俺は人脈もなければ力もない。この問題は、俺じゃどうにも動かせない。


 でもそうじゃないだろう? 誰かが苦しんでる。ヒーローを気取るつもりはなくたって……。


「俺にしかできないなら、俺がやるしかねぇだろ! 壊れようと殺されようと! 俺1人でいいんなら喜んでやってやる! 俺がいなきゃ、俺がやらなきゃこの子はずっと苦しんだままだ! そんなの……許されるわけないだろ!」


 振り払った衝撃で涼介が軽く後ろにのけぞる。怒りに燃える目で真っ直ぐ睨んだ涼介の目は、かつてないほど冷たかった。


「そうかよ。なら勝手に1人でやってろ。お前が死のうと俺には関係ない」


 そう言って保健室を出ていこうとする、その背中に向かって俺は言い放つ。俺はこの時正気じゃなかったんだ。そんなことを言うつもりはなかったのに、喉が勝手に声を放つ。


「お前はこの子を見捨てんのか。そうか……そうかよ。この人でなしが!」


 これが1ヶ月前のこと。この後から俺と涼介は1度も話していなかった。




+++




 俺はコインにアルカナ=コインと名付け、放課後に学校中を探し回った。見つけるたびタオルを噛み自分の口を塞ぎ、悲鳴や叫び声が漏れないようにした。授業中もノートに書くのは考察ばかり。校門で見張りもした。誰が帰って誰が帰ってないか。でも俺には誰が誰だかわからなかった……。


 校舎裏から始まって体育倉庫、宿直室。男子トイレの1番奥の個室や……校庭のど真ん中まで。アルカナ=コインは至る所に散らばっていた。それらには全て、誰かの苦しんだ記憶が入っていた。だんだんエスカレートしていく暴力、暴行。俺の心も限界が近いけど……この子はもっと辛いだろう。それこそ……



 自殺したくなるくらい。



 屋上で見つけたのコインは、夕陽に当てられてオレンジ色に光っていた。

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