港町 コダテ
『南の果ての港町 コダテへようこそ』
そう書かれた門をくぐると景色は一変し、ところ狭しと立ち並ぶ建物、また人の多さにも圧倒された。
「これが港町か」
「もっと小さな町かと思ってた」
ふたりはしばらくその様子を眺めていたが、いつまでこうしていても仕方ないので、とりあえず町の中心に向かって歩き始めた。
砂埃の舞う雑踏の中を歩いていると、どこからともなく寄ってきた犬があとを付いてくる。
大通りだと思われるひときわ人の多い通りを歩いていくと、道の両側にはいろいろな店が軒を連ねていた。食料品、調理器具、日用品、服飾品、薬など、あらゆる種類の品物を扱っている。それぞれの店の前そして中には、ふたりが見たことのない種類や数の品物がぎっしりと並んでいた。
なかでもアイリの目をひいたのは武器を売っている店で、剣の品揃えはすごかった。短いものから長いもの、両刃、片刃、金や宝石そしてエナメルで装飾の施されたものまで、実にさまざまな種類があった。思わず足を止めて見入ってしまった。
「お嬢さん、何かお探しですか?」
「い、いえ、そういうわけじゃないんですけど…」
アイリは小太りの店主に話しかけられて、しどろもどろになってしまった。
「いい短剣を持ってるじゃないですか」
店主は目ざとくアイリの腰の短剣を見つけた。
「これは父の形見で…」
「アイリ何やってるんだよ。そんなことしてないで、先に船のチケットだろ」
ペレスはその場から引きはがすように腕をぐいと引っ張り、そのまま雑踏の中へと進んでいった。
「もういいでしょ、離してよ。チケットはどこで売ってるか知ってるの?」
アイリはそう聞きながらも、今度は服を売る店に心が釘付けになっていた。
「知らないけど、とりあえずあそこに行けば何かわかるんじゃないか?」
アイリが振り返ると、ペレスは建物の間から見え隠れしている船のマストを指差した。
「さっき上から見えたあの船ね。わかったわ、行きましょ」
ほどなく開けた場所に行き当たり、道の真ん中にある噴水の周りで人々が憩っていた。ふたりも噴水の縁に腰掛け、ひと休みした。さっきから付いてきている犬はアイリの足もとでべったりと寝そべった。
「それにしてもすごい人。どこから出てくるのかしら」
「さあね。聞かないとわからないな」
「それもそうね。じゃあ聞いてみようか?」
「なにバカなこと言ってるんだよ。それより、あの狭い道から先に行けるんじゃないか?」
……犬に先導されながら、建物で押しつぶされそうな迷路のように入り組んだ暗い道を抜けると、突然視界いっぱいに大きな船が現れた。
木造の大型船で、上から見たときよりも大きく感じられた。船のデッキからは布に包まれた荷物がいくつも吊り下げられ、船と倉庫の間を荷車が頻繁に行き来していた。
船の向こうに広がる海が太陽の光を浴びてきらきらとまぶしく光っていた。
あたりを見回してみるが、荷車が慌ただしく行き交うだけで、チケットを売っているような場所は見当たらず、倉庫の脇にある小屋の中の人に聞いてみた。
「船のチケットを買いたいんですけど、ここで売ってますか?」
「ここではチケットは売ってないよ。噴水の広場の先にいろんな店があっただろ? 船の絵が描かれた建物で売ってるからそこで買うんだ。建物の2階だから見落とさないように気を付けてな」
「ありがとうございます」
ふたりは来た道を引き返し、壁に船の描かれた建物を探し出した。そして、今その前に立っているのだが…
「お嬢さん、いらっしゃい」
奥から店主の声がした。
「…ねえペレス。ここって、さっきいたところよね」
「だね」
「だね…じゃないわよ。どこ見てたのよ」
「そういうアイリだって、なんにも見てないじゃないか」
「船のチケットなら横の階段を使いな」
「え? おじさんなんでわかったの?」
「そんな大荷物持ってれば誰だってわかるさ。それにそんなお客さんはしょっちゅうだしね」
「すみません。助かりました」
店主は手を振って応えた。
「あーあ、なんだか恥ずかし」
階段を上がった先には扉がひとつだけあり、“Dragon Travel”というロゴと竜のシルエット、そして船の絵があしらわれた看板が掛かっていた。扉をノックすると中から「どうぞ」という声がした。ノブを回し部屋に入ると、そこは机が1つあるだけの部屋で、若い男が座っていた。
「すみません。王都までの船のチケットはありますか?」
「ありますよ。何枚ですか?」
「2枚お願いします」
「あさって出航する船でいいですね? 片道ですか?」
「えっと、往復でお願いします」
「少々お待ちください。……はいどうぞ。時間に遅れると乗船できませんので注意してください。お客様の都合による払い戻しはできませんので、お気を付けください。向こうに着いたら帰りの船の予約をしてください。帰りのチケットの有効期限は2週間です。それ以降は使えなくなるのでお気を付けください。船は初めてですか? それならこれもどうぞ。何かご質問はありますか?」
そうまくし立てられ、アイリはなんだかよくわからないまま、紙のチケットと、地図や説明書きの載っている紙を手渡された。代金はペレスが払った。
「ご質問はありませんか? ではよい船旅を。船の時間にはくれぐれもお気を付けください」
男はそれっきり下を向いて、ふたりに構うことなく何やら書きものを始めたようだった。
「船のチケットって、けっこう高いのね」
「王都までの往復だからね」
「さっきの人の説明わかった?」
「ぜんぜん」
「なによそれ」
ふたりはレイトスに教えられた宿を探していた。噴水のそばだと聞いていたので、今度はすぐに見付かった。
重い扉を開けると、背の高い大柄な男が出迎えた。
「いらっしゃい」
「あの、父の紹介で来たんですが…」
「父って?……ああ、ひょっとしてレイトスさんの息子かい?」
「はい」
「ずいぶん前に手紙が来てたな。船で王都に行くって? お父さんは一緒じゃないのか?」
「はい。アイリとふたりです」
「アイリです。よろしくお願いします」
「はい、こんにちは。お嬢さんのことも手紙に書いてあったな。ふたりで行くのか?」
「そのほうがいいって父さんが」
「ほぅ、そうか…レイトスがね……。ところで、お父さんは元気かい?」
「相変わらずです」
「相変わらずか。はっはっ、まあ結構な話だ。それじゃ部屋を案内するから、荷物を置いて先に宿帳に名前を書いてくれ。ひとりだけ書けばいいから」
「これでいいですか?」
「おう、それでいい。ありがとよ。食事はどうする?」
「どこか探すつもりです」
「それなら、隣の店に行くといい。オレの紹介だと言いな」
アイリとペレスは向かい合って座り、料理が運ばれてくるのを待っていた。
メニューを見てもよくわからないので、いつも食べているパンとスープを注文した。店員に宿屋の主人の紹介だというと、あからさまに態度が変わり「ちょっとおまけしてあげるからね」と言って奥に消えていった。
「お前らここらじゃ見慣れない顔だな、こんなとこで何してるんだ?」
突然、酒瓶を手にした男がふたりに話しかけてきた。
「何って食事をしに来たんだけど」
「そんなことはわかってるよ。この町に何をしに来たんだって聞いてるんだ」
「わたしたち船に乗るのよ」
「ふーん、そうか。それでどこまでいくんだ?」
「王都まで」
「家族でもいるのか?」
「王様に会いに行くのよ」
その男は一瞬キョトンとしたが、今度は「うわっはっはっはっ!!」とまわりをはばかることなく大声で笑った。店内の他の客と店員が何事かと振り向いたほどだった。
「相手にしない方がいい。こんな店出よう、アイリ」
「ペレスちょっと待って。ねえ、あなた、何がおかしいの」
「アイリやめろって…」
「ああ、わるいわるい」男はまだおかしいらしく、涙目で答えた。
「王に会うっていうんだろ? これがおかしくなくてたまるか。お前らみたいな子供がいったいどうやって会うっていうんだ。門前払いされるのがオチだね」
「わたしはレイおじさんの手紙と、あとこれを持ってるのよ」
アイリは懐にしまった革の巾着袋を取り出すと、中から金色の勲章を取り出そうとした。
「アイリ、もう行こう。酔っ払いを相手にしたって仕方ない」
ペレスに手をつかまれ、アイリは巾着袋を再び懐に戻したが、男は袋の口から金色の鎖が一瞬覗いたのを見逃さなかった。
「いいわ。あんたには関係ない話なんだから、勝手にいつまでも笑ってればいいわ」
「ちょっと、うちの大事なお客さんにちょっかい出すなら他に行っとくれ」
間に割って入ったのは店の女店主だった。
「まあまあ、そう怒るなって。悪かったなお嬢ちゃん。これでいいだろ?」
「わかったら自分の席でおとなしく飲みな」
男は来たときと同じように酒瓶を手に、向こうの席に戻っていった。
「…なんなのよ、いったい……」
「お客さん、気を悪くしないでね。あの男はうちの常連さんでね、酔っ払うといつもああなんだよ。悪い人じゃないんだけど、飲むと気が大きくなるっていうか…」
「おばさん、オレのことなんか言ったか?」
「あんたは黙ってな!…ん?ちょっと待ちな、今おばさんって言ったね?! 今日こそはツケを全部払ってもらうからね。あとで徴収するから、きっかり耳を揃えてテーブルに用意しときな!」
「おーこわいこわい…」
「はぁ、まったく……。悪かったね」
「いえ」
「ところでお客さん、どこから来たんだい?」
「ハブト村からです」
「ハブト村って確か……あ、いやいや何でもない。余計なことは聞かないたちでね。そりゃまたずいぶんと遠いところから来たね。たいへんだったろ」
「3日かかりました」
「3日も?! おばさんは行ったことないけど、そんなにかかるのかい? 聞いただけで腰が痛くなってきたよ…。そういえば、さっき王都に行くって言ってたね」
「はい」
「向こうにはほんとうに悪い人間がいるから、しっかり気を付けるんだよ。大事なものはちゃんとしまっとくんだよ」
「はい。ありがとうございます」
「それからあんた」
「ぼく?」
「そうだよ、他にだれがいるってんだい? レイトスさんの息子だってね。ちゃんとこの子を守ってやんな。ま、その様子じゃ、あんたが守られる方かもしれないけどね。あっはっはっ!」
「何がおかしいんだよ」
「あ、笑って悪かったね。ま、いいとこ見せてやりな。それから、おふたりさん、これはさっきのお詫びだよ」
店主はスープとパンとともに、鳥の丸焼きをテーブルに置いた。皮にはカリっと焼き目が付いて香ばしい匂いが漂っている。ナイフを入れて切り分けると、中はふっくらと柔らかく、スープが染み出してきた。
「こんなの頼んでません」
「お代はいいから。あのおじさんのおごりだから、しっかり食べて体力つけな」
「…おい、おばさん、オレそんなこと言ってないぞ!」
「じゃあ遠慮なく、いただきます!」
「ぼくも!」
「あっはっは! ふたりともいい食べっぷりだ。お代わりしたかったら、またあのおじさんがおごってくれるってさ」
「それじゃこっちにもビール追加で! あの人のおごりで!」
「こっちはサラダもらえないかな、あの人のおごりで!」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ!」
店の中はどっと笑いが起きた。
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