ふたりの勇者

「さて、何から話そうか」

 いつもの夕食が終わり、3人はハーブティーを口にしていた。庭で育てているハーブを乾燥させ細かく砕き、お湯で煮出したものだった。アイリとペレスはそれに砂糖を入れて飲んでいた。薬草のような香りとコップの木の香りが混じり、少し不思議な匂いだが、それを鼻の中いっぱいに吸い込むと、自然と心が落ち着いていく。昼間の出来事がまるで遠い過去の夢のように、ゆったりとした気分になった。

「そうだな…。まず、オレとアイリのお父さんの話から始めようと思う」

「え?」

 アイリには予想外の言葉だった。驚かされたのは今日2度目だ。てっきり竜の話を始めるものと思っていた。両親を失ったあの光景を思い出すきっかけになる言葉を聞いただけで、涙腺が緩み目を赤くした。ただ部屋が薄暗いので、レイトスもペレスもそれには気付かなかった。

「アイリにはとても辛いかもしれないが、今日の事にも関係するから、一度ちゃんと話しておかないといけない。今話しても大丈夫か?」

 いまだ夢に見る惨劇は、できれば記憶の中に閉じ込めておきたい。けれど、わざわざこんな時に話をするというのだから、何か特別なわけがあるのだろう。

「わかりました」

「ありがとう。オレとアイリのお父さん、ヨシュアが親友だったのは知ってるな?」

「はい。パパもそうだけど、ママからもよく聞いてました」

「そうかイリスからも聞いていたか…。オレとヨシュアはあの村に生まれた幼なじみだったんだ。小さい頃から何をするにしてもいつも一緒だった。そしていつしかお互い竜というものに興味を持つようになった。子供の頃は単に好きなもののひとつでしかなかったが、それからも興味が薄れることはなく、大きくなるにつれて、人に話を聞いたり、村に伝わっている伝承などいろいろ調べるようになったんだ。当然、竜の大岩には何度も来たし、伝説の金色の竜のことも調べた。アイリたちも知っているように、村で竜を見たことのある人はいなかったし、竜なんて昔話の中のものだとばかり思っていたが、世界はどうやらそうではないらしいということもわかった。むしろこの村の方がめずらしい、とね」

 レイトスは空になったコップにハーブティーを注ぎ、話を続けた。

「それで、今となっては若気のいたりとしか言いようがないが、実際にこの目で竜を見てみたいと思ったんだ」

「本物の竜を?!」

 アイリには想像もつかないことだった。

「まあ、な。それで、親の反対を押し切って、ほとんど家出同然で村を抜け出し、ふたりで旅を始めたんだ。体力や腕力には自信があったし、一度その姿を見れば満足するだろうから、そうしたらすぐ帰ることにしていた。いくつか村や町を巡り、とうとうそいつに出くわしたんだ。全長5メートルくらいだったと思うが、ちょうど村を襲っているところで、家は焼かれ、人々は喰い殺されていた。そのたった一匹のために、小さな村は壊滅的な被害を被ってしまった。興味本位でいたオレたちは、目の前で繰り広げられる惨劇になすすべがなく、心から自分を恥じた。その時やっと、それまで行く先々でオレたちに向けられていた冷たい視線の意味を悟ったんだ。ほんと、いくら田舎育ちの若者だからといって、世間知らずにもほどがあった。無力感にさいなまれ、しばらくは何もする気が起きなかったが、そのうちオレとヨシュアのどちらからともなく、竜を倒そうという話をするようになった」

 レイトスは遠くを見つめ話をつないだ。

 「…といっても何をしたらいいのかわからないので、ひとまず剣を手に入れ、竜がいるという噂を聞きつけてはその場所に駆けつけた。そのほとんどが竜に襲われた後だったが、いくつかの村を巡っている時、偶然そいつに出くわすことになった。全長2メートルにも満たない小さな竜で、子供だったのかもしれないが、ようやくそいつを一匹倒すことに成功した。村の人には感謝され、ようやく罪ほろぼしができたというか、オレたちの選択は正しかったんだと思えるようになった。しかし一方で、正直に白状するが、人間を圧倒する力を持っている竜にさらに興味を惹かれたのも確かだった。

 それからは時間を忘れるほど無我夢中だった。竜が現れたと聞きつけては駆けて行き、また一匹、そしてまた一匹と竜を倒していった。怪我をするのはあたりまえで、命の危険にさらされたことは何度もあった。けれどもオレたちがやらなければならないという勝手な思い込みと、次々に現れる竜の魅力に取り憑かれるように、さらに別の竜を求めていった。いつもふたりで行動していたが、ときには仲間が加わり一緒に竜を倒すこともあった。竜殺しを依頼されることも多々あった。そんなことを続けて10年か15年かそんなところだろうか。気が付くと、オレとヨシュアは国王から騎士の称号を下賜かしされ、世間では勇者と呼ばれるようになった。…そうだ、ちょっと待っていてくれ。見せたいものがある」

 レイトスは自分の部屋に向かい、木の小箱をふたつ手に戻ってきた。そしてひとつをアイリの前に置いた。

「開けてみてくれ」

 小箱の中には、盾の中に馬が描かれた金色のメダルと、持ち手に宝石が埋め込まれ、先の曲がった短剣が入っていた。

「これがその時に王からもらった勲章だ。そしてこっちの短剣は記念に贈られたものだ。ここに文字が入ってるだろ。読んでみてくれないか」

「ヨ、シ、ユ、ア…パパの名前……」

「これは村が竜に襲われたあの時、ヨシュアから託されたものだ。アイリが大きくなったら返そうと思っていたんだが、今まで黙っていて悪かった」

 アイリはこらえきれなくなり、両目から涙を流し、流れるままにしていた。レイトスは優しいまなざしでアイリを見つめ、ペレスも黙ってその様子を見ていた。

「…ありがとうございます」

 アイリはそれだけ言うのが精一杯だった。

「…それから」

 レイトスは言葉を詰まらせながら続けた。

「村に帰ってきたオレたちはそれぞれ別の場所で暮らすことになった。ヨシュアはあっさりと剣を捨てて村で作物を育てる生活を、オレはやはり竜のことが忘れられず、森に生きながら竜の秘密を知りたいと今までやってきた。伝説の金色の竜の大岩の近くにいれば何かわかるんじゃないかと思っていたが、今日のことで一歩前進したかもしれない。いや、謎が増えたから後退か…」

 レイトスは空になったコップをテーブルに置き、決心したように話し始めた。

「それで本題に入るが、ふたりに頼みがある」

「ぼくたちに頼みごと?」

 びっくりして聞き返したのはペレスだった。

「今日起こったことを王に伝えてほしい」

「王様に?!」

「そうだ。この状況を何とかするにはやはり王の力に頼るしかないだろう。オレが手紙をしたためるから、それを王に渡して、お前たちの口からも直接伝えてほしい。陸路で歩いても行けないことはないが、ここからはずいぶん遠いし危険も伴う。3ヵ月後に王都に一番近い港への船が出るから、それに乗って行けば危険もなく楽に着けるだろう。港町へも歩いて3日かかるが陸路に比べたらたいしたことはない」

「それだったら、わたしひとりでも行けます」

「いや、今回はふたりで行ってほしい。オレが行ってもいいんだが、ここでもしまた何かあったときのことを考えると、どちらかに残ってもらうわけにもいかないから、ふたりに行ってもらうのが一番いいと思う」

「でも、とうさん、王様になんてそんなに簡単に会えるの?」

「この勲章を見せれば無下むげに追い返されることもないはずだ。もしだめだったら、そのときにまた考えるさ。オレたちが勲章をもらったときの王の名前は〈鉄の騎士〉王といったが、謁見えっけんした当時でそこそこの年齡だったから、ひょっとしたら今は次の王に代わっているかもしれない」

「伝えたあとはどうすればいいんですか?」

「あとは王の判断に任せる。この国を治めている王だ、きっといい解決策を見付けてくれるに違いない」

「…わかりました」

「それからアイリ、もしものために明日からは剣の扱い方を教える。今のお前なら、3ヵ月あればひと通りのことはものにできるだろう」

「はい」

 アイリの心はわずかに躍った。

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