伝説の竜とは何だったのか

 みしみしと巨木のきしる音。次いでぎしぎしと音が変わったとたん大きく傾き、どすんと音を立てて倒れた。それでも木はなおも燃え上がっていたが、すぐに炭となり、真っ黒であわれな姿をさらした。

 いったい何が起こったというのか。雷が落ちたわけでもない。これも緑竜石の力だというのか。3人それぞれが同じことを考えていた。

 そして今度はカキンッという乾いた音が聞こえたかと思うと、大岩がバランスを崩して前後左右へゆらゆらと揺れはじめた。

「あぶない!」

 3人は後ずさり、岩から距離をとった。

 揺れはしだいに大きくなり、表面の皮を剥くように全体を覆っていた苔がはがれ落ちた。あらわになった岩肌は太陽の光で白く照らされ、いかにももろく崩れやすく、実際、揺れるたびに小さな石がぽろぽろとこぼれ落ち、溜まっていた砂がさーっと流れていく。

 岩の割れ目から金色の強い光があふれ、そして深く切れ目が入ったと思った瞬間、岩はバラバラに分解し、すぐに重力に耐えきれず崩れ落ちた。

 しばらく砂ぼこりが舞っていたが、やがてあたりには静寂が戻り、壁のようにそびえ立っていた大岩は、ひと抱えほどの岩がいくつも積み重なった小さな山となった。

 3人はおそるおそる近づき、その周りをひと通り見て歩いたが、岩がただ積み重なっているだけで、他には特に変わったことはないようだった。この岩がかつて竜だったとは、やはりにわかには考えにくい。

「本の中のお話だと、この中から何か出てきたりするんだけどなー」

 ペレスは岩の上に飛び乗り、隙間を覗き込んだり岩を棒で突ついたりしていた。

「ペレス危ないわよ!」

「まぁ、好きにさせるさ…。それよりもアイリ、今の出来事は何だったと思う?」

 アイリとレイトスは小さな祠の前で話を始めた。

「わたしには何がなんだかわからない」

「オレも同じだ……。けど、ひとつだけわかったことがある」

「わかったこと?」

「そう。我々は間違えていたんだ。伝説の金色の竜も、その他の竜と同じ竜なんだとばかり思っていたけれど、そうじゃなかったんだ。伝説の竜はやはり神様と呼ばれるべき存在で、単なる竜としてすませてよいものじゃなかったんだ」

「どういうこと?」

「おそらく姿形が似通っていたから、あるいは元々は単なる竜だったものがいつしかそれを超越した特別な存在になったのかもしれないが、昔の人は他に例えようがないからただ“竜”と表現していたにすぎなかったんだと思う」

「竜の形をした神様ということ?」

「まあ、そんなもんだな。竜と人との間にいる神様、竜の中にあって竜でないもの。さっきオレが読み上げたいにしえの文章だが、ここでも竜と神様は違うということが明らかなのに、どうして今までそのことに考えが及ばなかったのか…。たぶん人々の記憶が薄れてきた時点で、竜も神様も区別がつかなくなってしまったんじゃないか。だからすべての竜をひとしく神様とあがめるようなこともやってしまっていたのかもしれない」

「よりにもよって人々を襲っていた竜を神様と呼んで敬っていたということ?!」

「…極端に言えばそういうことになるかもな。かつてここにあったという神社が残っていれば、あるいは何かヒントになるものが見付かったかもしれないが…」

「神社はなぜなくなってしまったの?」

「それは誰も知らないんだ。自然に朽ちたのかもしれないし、壊されたのかもしれない。そもそも存在しなかったと言う人さえいる。どんな建物だったのか記録がまったく何もないから、オレの頭じゃ想像するにも限度がある」

 アイリは祠の前にある竜の石像を見た。丸くてかわいらしい竜の像。これは竜の姿なのか、それとも神様なのか…。

「あと、さっきオレたちが見た不思議な光景だ」

「でもあれは…」

「わかってる。あんなことオレだって信じられないし、ましてや他の誰も信じやしないだろう。ただの夢かもしれない。集団催眠のようなものにかかったと言われればそれまでだ。だが、オレとペレスもアイリが見た状況と同じような光景を見たから、ひとつの可能性として考えてもいいんじゃないかと思う」

「うん…」

「あの時、金色の竜が人に背を向けていたということは、少なくとも人に対しては敵意がなかったんだろう。その後、竜の群れから金色の竜が飛んで来たのを見た時、何か感じたか?」

「……ちょっと嫌な感覚があったような気もする…」

「嫌な感覚か…。やっぱり、村を襲った金色の竜は、我々が神様としてあがめていた伝説の金色の竜ではなく、いまだに世界のあちこちで人と争っている竜にすぎないと考えるのが妥当だろう。ひょっとしたら、竜の群れから飛んできた金色の竜の末裔かもしれないな。もしそうなら、たとえ計り知れない力を持っていても、なんとかできるかもしれない」

 レイトスは思ったことを口に出して、しまったと思った。

「だったら復讐のしようもあるはず」

 アイリはレイトスの目を射るように見つめながら言った。

「…ただ、考えたくはないが、もうひとつの可能性は依然として残っている」

 レイトスはアイリの視線から目を逸らして言った。アイリを危険にさらしたくなくて出た苦しまぎれのひと言だったが、頭の隅にあるこの可能性は捨てきれない。

「……」

「そう、それは……。それは、やはり竜と神様は同じもので、村が襲われたのは、今まで続いてきた竜と人とのバランスが崩れてしまったからかもしれない、ということだ」

「バランス…?」

「ここにあったという神社がないこともそうだし、竜と人とがどう関わってきたのかという記憶が失われたこともそうだ。かつては竜の大岩の前で行ういろんな儀式が村に伝わっていたが、そのほとんどは形骸化し、忘れ去られたものがたくさんある。わずかな行いの積み重ねが、もしくは必要なことをやらなかったことで崩れたバランスが、のちにどんな結果をもたらすかなんて、我々のような人間にわかるわけがない。はじめはほんのささいな違和感程度のものだったのが、今になって止めることのできない大きな揺れとなって、こういう結果を招いているのかもしれない」

「だったらなおさらどうにかしないと、さらに犠牲が増えるかもしれない…」

「わかってる。オレに考えがあるから、とりあえず家に帰ってからじっくり話そう」

その時だった。

「あった!」

 アイリとレイトスが振り向くと、岩の間から身を起こし右手を高々と挙げた誇らしげなペレスの姿があった。その手は透明感のある黄色く光る石を握りしめていた。

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