とある手記
しあ
この手記を開いた名も知らぬアナタへ。
“死”とは生の喪失、ただそれだけだ。
では、生が喪失して遺された身体はどうだろうか。
人間の身体は生が喪失した瞬間から腐敗は始まりいつしか骨だけになる。ある少女との出会いでわたしは知ってしまったのだ。白磁のような滑らかな肌、細い手足、死んでいるから喋りもしなければ思考もしない生から置き去りにされた身体の美しさを。
生きている人間は、日々常に思考し様々な筋肉を臓器を動かしている。
この世に存在している約70億すべての人類は、多種多様な感情、感性、思想を持っている。それ故に、醜い争いが何年、何十年、何百年、何千年と絶えないのが今の世界だ。
生きているから邪な考えがよぎり、醜くなる。
生きている人間ほど醜いものは無い。
もちろん私を含めて。
私はついに自分の心の醜さに耐えきれず、死に場所を求め森の中を彷徨った。己の肉体が朽ち果て骨となるまで人目に触れないよう滅多に人が立ち入らない森の奥深くまで足を伸ばすととある寂れた屋敷に辿り着いた。
外壁はボロボロで人の住んでいる気配は全くなかった。その代わり何とも言えない薄気味悪い気配を感じた。普通ならすぐその場から立ち去ろうと思うだろう。でも何故か私はその屋敷に足を踏み入れようとしていた。否、何らかの無意識が働き、踏み込まなければならないという一種の脅迫じみた使命感のようなものがあったのかもしれない。
手にかけた鉄製の取っ手は冷たく、経過した年月の錆びれが手のひらを黒く汚した。押しても引いても扉はびくともしなかったが、だいぶ昔に建てられたであろうこの屋敷の木製の扉は腐っており、容易に蹴破ることが出来た。目の前に広がっていたのは、想像していた以上の廃墟だった。
木製の家具類は朽ち果て、鉄製の部分は錆で黒い塊と化していた。日中というのが疑わしくなる程に薄暗く、とても家の中とは思えない有様だったがその異様さが逆に私には心地が良かった。何よりも不思議だったのは、初めて来た場所のはずなのに、導かれるように迷うことなく最上階の部屋を目指していた。
最上階にはドアが1つ。部屋に入ると、そこには棺桶以外何もなかった。棺桶の上にはホコリに埋もれた写真立てが置いてあった。ホコリを綺麗に払って見ると、右には美しい貴婦人、左には端正な顔立ちの紳士、見たところ伯爵位だろうか、そして真ん中に美しい少女、皆微笑ましく写っていた。とてもこんな寂れた屋敷には相応しくない幸せそうな家族だったことが写真から伺える。
私は疑問に思った。この世では例外なく死者は墓地に埋葬される。家に葬るなど聞いたことが無い。ましてやこの家は、仕来りや礼節を重んじる上流階級の家柄。こんな杜撰な弔いは有り得ない。この中には一体誰が。
ホンの些細な興味で私は棺桶を開けた。
棺には、写真の真ん中で両親と幸せそうに微笑んでいた少女が眠っていた。朽ちているどころか、今にも目を開けそうな、まるで生者のような状態で眠りについている彼女を目の当たりにして私は非常に驚いた。
この少女は一体いつからここで眠っているのだろうか。
とある手記 しあ @shia0318
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