第31話「悪へと堕ちよう」

 

 火花は異種族達全員を広場に集め、戦闘の準備を整えた。


 私はその何千という集まった多さに少し驚いた。諦めて死ぬことを選んでいた者達もいたはず。しかしここにいる。それはきっと私が本気で戦っている話が伝わっていったんだろう。


 しかし、始めから火花に味方していた異種族以外はその目に迷いがあった。ざわつく声は戸惑いだ。


「みんな!はじめましての異種族さんもいるから改めて自己紹介!私は東雲火花!これからこの世界の人間を滅ぼすんだ。」


 更にざわつく声が大きくなった。だけど私は気にせず声を上げる。


「聞いて!迷ってるよね。本当にこれから人間と戦うのか。滅ぼすのか。」


「死ぬのが、怖いよね?もし負けたら、もし勝っても復讐されたらって。」


「ほら、よく知ったかぶりのアホがこういう事言うじゃない?復讐は何も生まない、とか。死んだ者は復讐を望まない、とか。とかとかとか。あれは嘘だよ。復讐は正義を生むの。死んだ者は絶対に復讐を望むよ。私殺されたら復讐してって思うし。ほら、よーく考えてみて?そこの君」


「ヒッ!?」


 私は群衆の中に見えた小さなナーガの女の子を指差した。


「君、今突然殺されたらどう思う?相手を許してあげようって思う?許せないよねぇ?」


「っ…。」


 そのナーガの女の子だけでなく、他の異種族達も自分達の気持ちに気付いていた。火花の言うことは単純だが、まさに正論、心の中の真実だった。


「怒りがこみ上げてくるよね?復讐してほしいよね?その怒りと復讐心を無理矢理生み出そうとしてるのがあいつらだ!」


 全員、火花がダークルージュを向けた王都の方角へ目を向けた。そこには身勝手な理由で異種族達を傷つけ、更に他の世界へと侵攻しようとする人間達の光が見えていた。


「だから、私……いいこと考えたんだ。みんなで、殺そう」


 ミシロはすぐに気づいた。火花が何をしようとしているのか。それは心の中でいつかやってしまうのではないかと危惧していたこと。


 悪に堕ちる所業。


「火花様?まさかっ!?やめてください!それだけは!」


「抵抗しなくていいのよぉ…すぐ楽になるから」


 ミシロの制止も聞かず、火花の身体から闇が溢れて何千といる異種族全てを闇の中へと引きずり込んでしまう。もちろん、その中にはフェイも、レジィナも、ルプーアもいた。


 広場にいる何千といる異種族達の悲鳴が響き渡った。


「あ、あねさんっ!あんたっ」


「火花様…こんなこと!」


「ご主人様っ……これはあまりにも!」


 あまりにも酷(むご)いその行いに、ティガもロードも口を覆った。さすがのミャノンも唇を噛んで怒りと困惑が混じっていた。


「うるさいよ」


 私はミシロちゃん以外の三人を睨み、反発する意思を吸収した。


「「「仰せのままに」」」


「ウフフ、あはは。ほぉら再誕したわ」


 闇が晴れると、そこには先程とはほとんど様子が変わらない異種族達が立っていた。ただ一つ、変わっているのは全員火花と同じように赤黒く淀んだ瞳を光らせていたのだ。


 全員から「逆らう意思」と「死」を奪い、操り人形のようにしてしまったのである。


「ウフフ、あはは!これで行こう!さぁ行こう!すぐ行こう!皆殺しに行こう!」


 全員が平伏し、フェンリルの背中に火花は座した。悠々たるその姿はまるでロードの父ような魔王の姿そのものである。


「さぁ、存分に滅ぼしに行こう」


 チェルノボウグ不死隊も火花を囲い、王都へ向かって進軍を始めた。その頃、王都の前にはすでに勇者達と数万の軍勢が待ち受けていた。


 しかしその士気は全くと言っていいほどなかった。ブルーサファイアへ転移すれば幸せな暮らしができる、と思っていた矢先に命を懸けて戦わなければならなくなったのだから当然であった。


「ブルース、貴方は逃げた方がいいんじゃない?家族がいるんだから」


「そうだぜ。逃げるってのも選択肢に入れろと昔言ったのはお前だぜ?」


「はは、みんな家族がいるだろう。それに腕も切られて、人々を守れなくて、戦えるような状態じゃないのはわかってる。けど、それでも俺は勇者なんだ。元、かもしれないけれど。誰かのために、戦いたい。あんな奴に人間の未来を奪われたくはない」


「ったく、付き合わされる俺達の身にもなってくれ。何度死にかけたと思ってやがる。これっきりだぜ。これっきりだ。」


「ふふ、これっきり。何度めのこれっきりかしら」


「ははは!」


「はっはっは!」


 三人の乾いた笑いが草原に響いていく。その向こうから、乾いた笑いをかき消すような地鳴りが波のように覆いかぶさってきた。黒い波のように火花達が王都へとゆっくりと進軍してくるのだ。まるで恐ろしい死の権化を見て、王都の軍勢は絶望した。


「おーおー。また大軍になっちまって。前はあんなにいなかったろ?」


「私、悪い夢でも見てるのかしら」


「覚ましに行こうか。悪夢なんて誰も望んじゃいない。」


「はーあ、死ぬなこりゃ」


「ええ、死ぬわね」


「ああ、死ぬな」


 三人は互いの顔を見合わせると、軽く微笑み、怯える王都の軍勢を背に一気に火花達の軍勢へと駆け出して行った。


「火花様、前に戦った勇者達がこちらに突っ込んできます!どうしましょうか?」


 ミシロが遠距離を見るための魔法を使って勇者達を確認した。勇者達の後方を王都の軍勢が追ってきている。


「勇者ブルース、か。あの時は負けたけど、今度は生かしておかない、よっと!」


 私はフェンリルから飛び、黒い翼で少しだけ浮いた。


「その前に、ちょっと挨拶しておこっか」


 人差し指を王都に向け、力を込める。殺して吸収した審判の天使の力を使ってみることにした。


「私の世界へ、行かせない!」


 指から凄まじい力のエネルギーがレーザーのように発射され、勇者達の頭上を越え、王都の軍勢を越え、王都の側面の街を焼き払った。その威力は石造りの建物や城壁を溶かし、命を一瞬で奪い去ったのだ。


「うわっ、うっそ。こんなに威力あるの…?」


 感覚でわかるが、連続では撃てないらしい。腕が痺れ、力が入らない。


「バッ、バカな!?なんだあれは!?」


「魔王なんてものじゃ…ないわよ…あれ」


「くっ、くそぉ!まだあの街には移動中の民間人が大勢いたはずだ!何故だ死人の目!なぜそこまでして罪のない人間までも滅ぼす!!」


 勇者は遥か先に見える火花へ怒りを燃やした。その怒りは火花には届かず、悠々と燃える街を眺めていた。


 進行してきた王都の軍勢も立ち止まり、唖然としていた。眼前の事実に、現実に打ちのめされている。


「火花のあねさん、ここは俺に任せてくれよ」


「なに言ってるのよ。ここは私が梅雨払いを」


「なあにをおっしゃいます!私こそご主人様に最初に選ばれた部下です!私が先陣を!」


「あーはいはい。わかったわかった。全員で、突撃しよ?どうせみんな、"もう死ねない"んだから。ウフフ、あはは」


 火花が右手を振り下ろし、復讐の狼(ヴェンジェンスウルフ)達が解き放たれた。


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