魂(ほたる)の住処

中屋賢

第1章

第1話 足りない日常

ポーンポーンポーンポーン

教室の時計が15時を指した。授業の終わりの電子音は、何か終わりを感じにくい実に曖昧なものに感じる。


では号令〜。

しせ~を正して~、れ~ぃ、

『ありがとうございました〜』。

挨拶など口をすることなく、ただ頭だけを下げた。

「中2にもなってよくもそんな恥ずかしいことをするな。礼儀を知りなさい。」

と担任からは叱られた。俗にいう『浮いた存在』になっていると間接的に忠告されたような気もしたが、されるまでもなかった気がする。俺とてこんな人間になるはずじゃなかった。

 月曜日の6限というのは、毎度のことだが体感時間が長い。それも未来を広い視野で見るための『道徳』だぁ?

常日頃から将来のビジョンを明確に持っている中学2年生なんているのかなぁ?というか、最後まで見れるわけでもないビジョンを想像することって容易にできるものなのかなぁ?

終了寸前まで堪えた眠気を放出して、ひとり机に突っ伏す。じきに帰りのHRが始まる、それまではこのまま・・・


「はーいじゃあHRホームルームやるよー。」


決まってタイミングが悪いうちの担任。もうちょっと寝かせておいて欲しかった。加えて、担任の声が赤ちゃんを眠らす子守歌のようにしか聞こえない。眠気を増幅させる一方だ。おかげで日直の話は耳に入るも右から左へと流れてゆく。

「今日の清掃当番は6班です。」

「え〜今日掃除じゃ〜ん、だっる~~」

「早く終わらせようぜ~」


『口に出す前に、今すぐほうきの一本でも持って早いこと終わらせたら?』

今ここで俺が思っていることを口に出してしまえば、クソほど正義感が強い、もしくは性格が悪い奴だと思われてしまう。自覚はしている、クラスみんなが感じるのは後者だと。それだけで自然と周りは塊を作って、俺みたいなやつを囲いの外へ投げ出す。駆逐するまででもなく、それでも彼らは関わろうとしない。

俺なんて、生まれたころから狂っていたんだ。中学2年生に進級して未だ2か月、早くも『らしい中学生』を諦めた。この言い方だと、「顔の良い男子がなかなかクラスに馴染めず、彼女もできないから中学の内は無理かな~」とも聞こえなくもないが、俺にとっては絶望だ。


起立、姿勢を正して、さようなら~

 この挨拶の後の楽しみは、自室でゆっくりした後勉強すること。おかげで成績は上位につけることができている。

「頭いいんでしょ?」

「これ教えて」

と話を持ってくる、もとい寄ってくるクラスメイトが増えた。

個人的には『頭が良い』ことと『点数がとれる』こととは違う気がする。俺の場合、そんなに頭がいいわけじゃない。今日やった授業をひとまず振り返り、それを継続してペンを走らせることで得点につながっている。寄ってきて、課題とかを簡単に済ませようとする奴にこちらは教える義理がない。

それに一方的に寄ってきたくせして、すぐに肩を持ち友達面になるやつにも疑念を感じてしまう。普段喋らないというのに、自分の頭で考えず他人の頭を無料ただで使いたいがために話しかけ、時間だけ奪っておいてすぐに友達と言うのは正直押しつけがましい。はっきり言って自分勝手だと思う。

教室という狭い塀の囲いにうごめくのはクラスメイトという怪物であって、互いに未熟だからこそ見える未熟さに窮屈さを感じてしまう。さっさと机を下げて、広い外へ出ていこう。


 いくら考え方が曲がっている俺でも波長が合う人はいる。『波長が合う人=友達』か?と聞かれたらわからない。だが、お互いに良い関係を築けるものなんじゃないだろうか。

ただ、いくら気が合う奴とはいえ、付きまとわれるのは困る。いつも通り廊下を渡り昇降口を出るとき、後ろから妙な気配を感じた。


「柊、いい加減後をつけてくるのやめてくれる?」

「お、今日は気づくの早いねぇ。」


下駄箱の死角から顔を出した色白。側から見たらただのイケメン。中1の時と同じクラスになった宮古みやこしゅう。さほど接点はなかったが、色々あって話すようになりそこからは共に行動することが多くなった。というより向こうからやたら絡んでくる。付きまとい行為もその絡みの一環。


「付きまとわれて1年と2か月。嫌でも気づくようになったわ。」

「いいじゃない。寮の隣人のよしみとしてさ。」

「イケメンな台詞はシチュエーションを考えてから言うんだな。」


柊は顔立ちも良い上に優しいから下手に女子にモテる。接点もない癖に「私付き合ってる」とかを言いふらす「付き合っている詐欺」も発生するほど。平然と嘘つける女子にも感服だけど。

一方、存じの通り俺みたいな奴は、そこら辺の紙くず扱いされている。皆がクラスに籍を置いたことも忘れるぐらいに。もう慣れたけど。


「毎回ストーキングするってことは、俺に気があるとかじゃないよな・・・?」

「・・・実は・・・俺・・・涼介のこと気になっているんだ、」

「・・・。」

「って言ったらどうするつもりだった?」

「寮まで全力逃避してるな。」

「あれれ、残念。君の部屋は僕の隣だ。」


なにそれ怖い、とか思ったが、そうか仕方がない。


「じゃあ、校内の校門回り走って持久戦に持ち込むかな。」

うちの学校には門が3つある。そのすべてをランニングしながら回ることを校門回りと言っている。傾斜がある坂道も多いランニングコースだから、当然持久力が必要になる。校門3つを回るため、ランニングメニューの別名は三門さんもん


「そうとなれば、陸上部の三門には勝てないな。」

「それはシャレを言っているつもりか?」

「別に。たまたま被っただけなんじゃない?」

「はいはい、お疲れさま。」


そんでもって俺の苗字が三門みかど。絶妙にスベッたわけだ。


「でも、実際走ると速いんでしょ?」

「それは去年の話。」

「って言っても、ほんの4、5ヶ月前だろ?」

「細かいことはいいんだよ。」

「今でも足の速さは健在だったように見えたけど?」


まあ確かにそうかもしれない。今日の体育の1500m走計測、何気に自己ベスト出したっけ。


「たまたまコンディションが良かったんだと思うけどな。」

「いやいや、今の君のステータスが今日の結果をしている気がするけどな~。」

「俺の中身探ろうとすんのやめてくれない?」

「な~に、そんなことなんてしてないよ。」


不敵な笑みを浮かべる柊。自意識があるのか知らんけど、どんな表情でもただ単にイケメンなんだよな。


「柊は末恐ろしいな。」

「どういう意味?何か特別恐れられることしていないよ。」

「イケメンのクセしてストーキングするし。」

「前に君がいただけだよ?」


まさにストーカーの建て前じゃないかか・・・。


「狂気的だな・・・。」

「狂気って言葉は三門に譲っておくけどね。」

「それこそどういう意味だ。」

「ん~。真面目な顔して腹黒いこと考えていそうだから?」

「ただの偏見だな。」


とはいえ、『頭が良いから勉強は聞くけど、腹黒そうだから近づきたくない』というクラスの人間は少なくない。


「確かに、偏見かもしれないな。」

「確かにって・・・柊が思っていることじゃないのかよ。」

「これについては西明寺さいみょうじさんが言ってた。」

「よりにもよってあいつかよ・・・。」


西明寺才加さやか。俺、柊と同じく中1から同じクラス。

「涼介の幼馴染なんだろ?お前のこともよくわかっているんじゃないかと思ってね。ちょっと聞いてみた。」

「聞いてみたじゃねーよ。よりによってなんで西明寺アイツ・・・。」

「あともうちょっと聞いてみたところ、涼介の最近のテスト事情とか全部知ってたし。」

「バラした覚えは一切ないんだがな・・・。」


というか、他人の点数を知って何になるんだろうか。


「あと、お前の心配もしてたぞ。最近元気ないって心配してたけど。何かあった?」

「お前に全てを理解されたくないから教えない、と言っといてくれ。」

「それは幼馴染だからってこと?」

「そういうことをお前に聞かれたくもない。」

「かぁ~~ケチだな~。いいじゃんすこしぐらい。」

「何を幼馴染に執着するんだい?」

「ラブコメ的展開?」

「期待するな。あと幼馴染だと、お先真っ暗な展開になる一方だぞ。」


俺と宮古の絡みなんていつもこんなもん。特に話題もなく話しているだけの関係。

時々中身が深く濃い話をするため、その話を聞いてしまったクラスメイトは、俺が腹黒いと思ってなかなか近づいてこないわけだ(柊は顔で売れているから避けない)。


「そういや、今日ついてきた理由は何だ?」

「あぁ、君と話がしたくてね。」

「急にこういうことをフッと呟くうえ、男前が言うから癪なんだよな・・・。」

「それどういう意味で言っている?」

「そのまんま、イケメンってことだ。」

「・・・そりゃどうも。」


何かに納得してないのか眉を寄せた。


「・・・冗談だぞ。」

「分かってる。」


柊も建前と本音を使う人間を嫌う。その点も俺と柊が話すようになった要因なんだとも思う。


 気づかぬうちに、若葉の緑が鮮やかなイチョウ並木を通り、校門を抜け、学校の向かいにある学生寮のエントランス付近まで歩いてきた。


「ちょっと買い物にでも行くんだけど、一緒にどう?」

「坂降りるのか?」


俺らの通う学校は駅から見て坂の上にある。電車を利用する多くの生徒は駅から15分かけて坂を上る。困ったことに、食料とか文房具とかの生活用品が手に入る場所は近くのコンビニか坂の下のスーパーしかない。コンビニでは売ってない文房具とかは、わざわざ坂を下って買いに行かなければいけない。立地的にはあまりよろしくない。バス使えばいいじゃん!とか思ったかもしれないが、バスは上下線ともに2時間に1本。それに、最終運行は19時。歩いていくほかない。


「何買いに行くんだ?」

「ノートとか?」

「そんなの学内生協で買えばいいだろ。」

「分かってないねぇ涼介君よ。」


寮のエントランスの花壇に腰を下ろし、何やらウンチク垂れるようだ。


「寮暮らしの俺らにとって、お金が足りないのは分かっているだろう?入るとすればせいぜい親からのまかないぐらいだ。割高な生協のを買うより駅の方に行かないと、安くはならない。苦労してまで安く買わねばならんのよ。」

「・・・これにはどう返すのが正解なんだ?」

「これに飽きたら、もう帰っていいよ。」

「なるほど、何も聞かず部屋に入ればよかったわ。」

「わかった、わかった、俺が悪かった。じゃ、行ってくるわ。」

「はいよ。行ってらっしゃい。」


奴は駅方面に向かっていった。いきなりの謎テンションで話しかけられると、こちらでもお取り扱いできず、そのままお帰りいただく方がいいだろうな。

そういえば、柊が言ってた「話したい事」って何だったんだろうか。まさかあのウンチクがそれだったんじゃないだろうな・・・。根本が明かされないまま彼と別れてしまった。どうせ隣同士だから、あとで聞けばいいんだろうけど。


 エントランスの重いガラス扉を開けると、いつもどおり座っている寮管理人。おかえりなさいと言われた返事に軽く会釈する。時に面倒くさくて素通りする時もあるけど、それでも優しい管理人は心の整った善人なんだろう。ほとんど喋ったことがなく性格が読めないから一概に優しい人だとも言えないけど。

きっと他の人間が何を考えてないだろうけど、人のことを自意識過剰といっていじる奴に聞きたいのは、お前は絶対気にしないのか?ってこと。そういう風に言ってる奴ほど、実は気にしていたりする。世の中体裁だけで生きているなんて、辛くはないのかね。そういう生き方をしていないから分からんのだけれど。自意識過剰だとは思わないが、俺もたまにそう思ってしまう。興味ない、とか思いつつ気になる。突発的に『知りたい!』ってことは誰しもある。だけどわからない謎は、未だになままだ。


 うちの寮は3棟あってそれぞれ7階建て。言ってしまえば連なったマンション群みたいな感じ。一部屋3人~4人で生活するところもあれば、1人で贅沢に部屋を使う人もいる。俺は後者。広い部屋で一人でいるのもなかなか良いもの。人間だれしも、ほかの人間には触れない1人の時間が必要なんだと思う。いつまでも群れていられるわけではないし。

4階の中程にある407号室。エレベーターを上がってすぐ右に行くと、俺の部屋が右手側に見えてくる。胸ポケットに入っているイタリアのサッカーチームのストラップがついたカギを取り出し扉を開ける。電気を消し忘れた勉強机。電気代・・・もったいないことしたな。まあでも、が出してくれるからいいか。リュックをリビングに雑に放り投げ、行きもしない予備校のチラシと新聞をテーブルに向かって放り投げる。ついでにネクタイと靴下も洗濯物かごにシュートした。3ポイントにしては随分ディープな位置から打ったな。勉強机においてあった部屋着を着て、とりあえず復習と数学の問題集をリュックから取り出した。


 すると、机に置いてあるスマホが小刻みにバイブした。発信者には「アイツ」と書かれていた。

またか・・・。

無視すると数時間かかり続けるから仕方なく電話を取る。


「はい、三門です。」

『実家の電話かいっ!』

「俺の苗字なんですけど。」

『応対が実家みたいなんですけど!?』

「はいはい。ってか西明寺さ、お前部屋にカメラ仕掛けてんじゃないだろうな?」

『え?なんでそんなこと聞くの?』

「ほぼ毎日かかってくる電話が、毎回俺が帰ってきて服着替えて机に座った瞬間かかってくるから疑ってんだよ。」

『そんなぁ~、私しないわよ。』


その返答一番怪しいんだよ。


「カメラ仕掛けてんなら白状しろ~。」

『だから~してないってば~。』

「すべてを覗かれる前に、1・1・0っと」

『待って待って!本当に!本当にしてないから!!』


さらに慌てる様子がさらに不信感を抱かせるような・・・。


「はいはい。分かったよ。」

『そんなことよりさ、』


どんなことよりも盗撮疑惑よりかは軽い話なんだろうな。


『今からそっち行っていい?』

「はぁ?」

『いいじゃない!また勉強会しましょうよ。』

「お前の場合、10のうち7でお茶会、2でお話会になるんだけどな。」

『残りの1は?』

「・・・お前さぁ、自分がしてきたことを自分の胸に問いかけてみろ?」

『ん、胸に?・・・Dだけど。』

「誰もカップ数なんて聞いて無いわ。」


にしても中学生にしてはデカいな、なんて思ってなくもない。


『とりあえず、もうドアの前だから切るね~!』

「え?あ、ちょっ、、」


残されたのはプーップーッという音だけ。聞く前に先に行動するなと言いたい。もうドアの前にいるって、、


ピ~ンポ~ン


インターホンが鳴ってしまった。さて、どうしようか。画面には、部屋に入って荷物だけ置いてきたのか、制服を着た奴が写っている。もう何でもいいやとインターホンには応答せずにカギを開けた。


「やっほ!涼介!」


元気の有り余る西明寺が右手を掲げて目の前に現れた。


「ごめん、お呼びじゃないんだけど。」

「え、さっき電話したじゃん!」

「あのな・・・一方的に話を進められても困るの。」

「じゃ、お邪魔するね。」

「話聞いてる?」


どうやら日本語は通じないようだ。じゃあ電話ではお互い何語話していたんだ・・・?靴を脱がれてしまったから追い出すわけにもいかず、とりあえずドアのカギを閉めた。


「ちょっと涼介~、これなに?」


部屋へグイグイ進んでいく西明寺。当然、部屋はチラシと新聞とその他着替えで荒れている。

「見たまんま。帰ってきたばっかりだったんだよ。」

「こ~ら。ちゃんと片さないと駄目じゃないの。いきなり誰が来るかもわからないんだよ?」

「それには自分も該当しているっていう自覚はあるか?」

「え、私は例外だよ?」

「・・・その心は?」

「幼馴染だから!」

「理由になってない!!」


理不尽とはこのことだ。


「まあいいじゃん、細かいことは。」

「それで済ませるお前のメンタルには呆れを通り越して賞賛ものだわ。」

「いや~それほどでも~。」

「褒めてないんよ、それ。」


ま、これもいつも通りだな・・・。じゃなくて、


「ほら、今日は忙しいんだ。帰った帰った。」

「え~せっかく買ってきたのに~。」


手元を見ると、中にシュークリームが入ったビニル袋を提げていた。


「わざわざ人の部屋でのんびりしようとしてただろ。」

「お、勘がいいね~。」

「俺の部屋はフリースペースじゃねーんだよ。」

「でも、昔は一緒に食べてたよ?シュークリーム。」

「あれは小さい頃の話だろ?今は中学。それも2年目。もうちょっと大人なつきあい方したらどうだ?」

「ん~・・・。じゃあ、付き合ってよ。」

「『おやつ』にか?」

「ううん。」

「じゃあ『勉強』に?」

「・・・そうじゃなくて、」

「じゃ、よく分からんわ。」

「も~いけず~~~!」


意図は分かってる。面倒だから話にだけ。


「とにかく、今日は帰れ。また今度、『おやつ』にはつきあってやるからさ。」

「む~~わかった。じゃ~ね。」


そういうと、あきらめたように背中を丸めて玄関へ向かった。こちらも見ずにさっさとドアから出て行った。ドア穴から見ると、しばらく粘っていたが5分後にようやく自部屋へ帰っていった。

改めて面倒な幼馴染を持ったものだ。西明寺とは長いことに幼稚園からのつきあい。実家も近所で家族ぐるみで仲良く・・・していたかは覚えていない。が、とりあえず昔は良好な関係にあったんだろう。


ピ~ンポ~ン


今度は何だ?まさか二度目の襲来か?今日はやけに来客者が多い。とりあえずインターホンは無視してドアを開けた。


「今、『今日はやけに来客者が多いな』って思っただろ?」


目の前には色白のイケメンが立っていた。


「・・・お前は人の心読むのが趣味なのか?もしくは能力があったりするのか?」

「はははっ、そんなわけないでしょ?」

「じゃあなんでわかってんだよ。」

「えウソ、ピタリ賞だった?」

「大正解なんだが?」

「いや~やっぱり親友だけあるわ!な?」


力強く肩に腕を回してくる。


「お前といつ親友になったんだ?」

「中学1年の頃からかな。」

「そんな覚えはないんだが?」

「なんだよ、つまんねー奴だな。」


諦めて腕を取り払うと、手に持ったビニル袋から小さな箱状のものを取り出した。


「はいこれ。」


手渡されたのは、巷で人気のバニラアイス。


「わざわざすまんな。」

「どーせ勉強してると思ったからな。糖分補給は大事だぞ。」


残念ながら、大変やかましい幼馴染の妨害により勉強はできていない。だけど・・・


「ここんところ2日に1回はアイスが送られているんだが・・・。」

「それほど糖分補給は大事ってことだよ。」

「気遣いはありがたいが、冷凍庫内がパンク寸前なんだよ。」

「え~ちゃんと食べてないだろ~。」

「あのな、アイス主食で食べる奴の方がおかしいんだ。」

「まあそれもそうだけど・・・。」

「ちなみにお前もアイス食ってんだろうな?」

「俺は飴かな。」

「自分だけらくしやがって・・・。じゃあ俺もそっちでいいじゃねーかよ・・・。」

「ちっちゃいことは気にすんな!」

「今それを言うな!!」

「じゃ、玄関先で話しているのもなんだから、また明日な。」

「あぁっ、ちょっと待ってくれ。」

「ん?どした。」

「お前さっき、話したいことがあるって言ってたよな。」

「お、うん、すっかり忘れてたわ。」


笑っていた面が何やら重い表情に変わった。


「最近、ちょっと気になるというか、不自然というか・・・違和感を感じるところがあってな」

「ん~・・・」

「・・・具体的な話も分からない。そんな気がするってだけだ。」

「じゃあ俺にも分からないな。」

「まあ、そうなるよな・・・。」

「でも、忘れたくないものまで忘れているのかもしれない気がするんだ。」

「というと?」

「それもわからないんだ。どうも思い出す作業すらできない。」

「確かに不快だろうけど、いずれ記憶は薄れていくものだしな。」

「それもそうだな・・・。」


にしても、柊がそう感じているのは少し不可解だ。普段迷う仕草すら見せない奴に感じる違和感があると考えると、俺にとっては一大事だ。


「まあでも君が僕の気にする必要はないよ。もし本格的に僕の精神を蝕んできたら、少し考えものだけどね。」

「・・・そうだな。」

「あ、そうだ。明日アイス代よろ。」

「え、あ、ちょ、奢りじゃないんか、」

「じゃあな!」


逃げるように扉を閉め隣へと帰っていった。

なんだか不思議な奴だ。何が不思議なのかは分からない。彼は彼にしか見えない何かが見えているんだと思う。考えすぎるのは良くない。とりあえず、蓋が汗をかいているアイスを無理やり冷凍庫に押し込み、明日の小テストに向けて参考書を開きペンを持った。


第一話 -終-

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