第4話
翌朝。
食事を済ませた後、部屋で着替えてから鏡の前に立つ。
今日の服装はビッグシルエットの黒のスウェットに、黒スキニーというシンプルな格好だ。
うちの学校は制服はあるものの、式典の時以外は私服なのでいつもこんな感じである。
全身黒コーデは難易度が高いが、髪は金髪なので全体的に色のバランスはとれている。
ああ、俺は今日もカッコいい。ますます自分が好きになってしまう。
好き…………
『私、成田君のことが好きなの。だから、付き合ってほしい』
昨日の光景が頭に浮かぶ。
今までも顔目当ての女子に告白されたことはあったが、そのときは何とも思わなかった。
だけど、どういうわけか昨日の千歳の告白は頭から離れない。
少なくとも、俺の見てきた彼女は人を見た目で選ぶような人間じゃない。
なら、どうして俺なのか。彼女は本当に俺が好きなのか?
やめよう、どうせ考えたって分かるわけがない。
ふと鏡を見ると、難しい表情をしている少年が映っていた。
ああ、せっかくの俺の美しい顔が。いや、これはこれで中々……よし、記念に一枚撮っておこう。
***
学校に着き教室に入ると、いろんな方向から視線が飛んでくる。
まあ、俺みたいなカッコいい人間から目が離せなくなる気持ちも分からなくはない。
俺はそれらの視線を気にすることもなく自分の席に向かった。
俺の後ろの席に座っていた慎太郎が、俺を見るや否やニヤニヤしだした。なんかムカつく顔だな。
とりあえず彼に声をかける。
「なんで朝っぱらからそんなニヤついてるんだ。俺の姿がそんなに眼福か?」
「いや、お前、噂になってんぞ」
彼は笑いをこらえながらそう言った。
「噂って……なんの?」
俺がカッコいいとかそんな感じだろうか。そんなの今更噂になるほどのことでもないと思うが。
「昨日、千歳から告られて振ったんだろ?」
「…………」
……あーあ、言っちゃった。言っちゃったよこいつ。上手いこと忘れてたのに。
「なんで千歳のこと振ったんだ?別にお前誰とも付き合ってないし、これ以上ない物件だろ」
「そういう問題じゃない」
ドサッとリュックを机に降ろし、椅子に座る。
「じゃあ、前に言ってた自分の美学ってやつか?」
「そうだよ。ていうか分かってんなら聞くなよ」
俺が不機嫌そうに答えると、彼はため息交じりに呟く。
「まあ……意地を張るのはいいが、後悔すんなよ」
「…………」
意地…………俺は意地を張っているのだろうか。
そもそも意地を張ることと美学を貫くことはどう違うのだろうか。
もし意味もなく自分の考えに固執しているのなら、それは意地っ張りというのだろう。
なら、今の俺は。
そんなことを考えているうちに、一限が始まった。
***
放課後
今日は各委員会の集まりがあるので、放課後は文実に行かなければいけない。
俺が斜め後ろに視線をやると、千歳と目が合った。
…………よくよく考えたら彼女も同じく文実だった。気まずすぎる。
どうしたものかと考えていると、彼女が近づいてくる。
「成田くん、そろそろ行こう?」
「お、おう」
ぎこちない俺とは対照的に、彼女はいつも通りに淡々としている。
おかしい。告白して振られたのは向こうの方なのに、なぜか俺だけが気まずい思いをしている……これじゃまるで自分が自意識過剰みたいじゃないか!
謎の羞恥心に苛まれながら、俺は千歳と教室を出た。
***
生物実験室で文実の一回目の活動が行われていた。どうして生物実験室なのかというと、文実の担当が生物の教師だからである。
教壇の上には白衣を着た女性が立っていた。彼女はパーマのかかった黒髪を首元で束ねており、黒縁のスクエア型の眼鏡をかけている。
「えー、文化祭実行委員会の担当の
中林先生が文実の仕事の内容や年間を通しての流れについて説明している。俺は去年も文実であったため、それらについては改めて聞く必要もないので適当に聞き流していた。
「——という感じですね。質問がある方……は、いなさそうですね。それでは今年の文実の委員長と副委員長を決めます。まずは委員長をやりたい人は挙手を」
先生が皆に呼び掛けるも、誰も手を挙げない。
まあ、確かにこういうのは基本的にやりたがる人間はあまりいない。
一年生はまだ学校に入ったばかりで新しい環境に慣れていないため立候補したがらない。三年生も受験を控えているため積極的にこういったポジションに参加する人はいない。
じゃあ二年生は、となるが毎年二年生はクラスごとに演劇をやることになっており、その関係で忙しくなることは去年の先輩方を見ていてわかっているので、下手に自分の負担を増やそうとはしない。
そんなわけで誰も手を挙げない。
ここで快く申し出てくれる人がいたらさぞカッコいいだろう。しかし残念ながらこの場にはそんなカッコいい人間はいないようだ。
…………俺を除いてな!!
「俺、やりますよ」
手を真っすぐ上げ、はっきりとした声でそう告げた。
「そうか、じゃあ委員長は決まりだな。早速で悪いが前に出て仕切ってくれ」
俺は席を立ち、教壇の上に立って皆に呼び掛ける。
「二年二組の成田静です。よろしくお願いします」
顔に自然な笑顔を張り付け、声をほんの少しだけ高くする。これで老若男女にウケ抜群の爽やか男子の完成だ。
ちなみに、あまり声を作りすぎたりテンションが高いと男子からのウケが悪くなるのでそこらへんは要注意だ。
言い終えると同時にパチパチと拍手が聞こえてくる。
ざっと見回す限りでは女子も男子も好意的な反応を見せる人たちがほとんど。どうやら上手くいったようだ。さすが俺。
「それじゃあ副委員長をやりたい、という人は挙手してください」
俺がそう言うと一人の女子が手を挙げた。千歳美奈だ。
……ってまたか。またお前か。なんなんだ一体?
心の中では焦りながらも、それを表には出さずに皆に呼び掛ける。
「他にやりたい人は居ませんか?推薦とかでも有利になりますよ?」
あまり良い誘い文句ではない上に、実際に推薦で有利になるかどうかなんて知らないが仕方がない。千歳は避けなければ。
「…………」
しかし、千歳以外には誰も手を挙げない。
…………くそ、ダメだったか。
「そ、それじゃあ、副委員長は千歳さんにお願いしたいと思います。拍手~」
俺がそう言うと辺りに拍手が響いた。
ああ、面倒なことになった。
***
「——てな感じで次回も頑張っていきましょう。お疲れさまでした!」
俺が締めると、他の委員たちは教室から出ていった。
俺もリュックを背負い教室から出ると、廊下には千歳が立っていた。
本当に、彼女が何を考えているのかが分からない。
「…………また俺に何か用か?」
ため息をつきながら彼女に尋ねる。
「いや、成田君のことを見てただけ」
「見てたって、なんで?」
俺の問いに彼女は表情を崩さずに答える。
「好きだから」
「…………はぁ」
よくもそんなにストレートに自分の想いを伝えられるものだ。
ていうか、まだ俺のこと諦めてなかったのか。
「そういうこと言うの、恥ずかしくないのか?」
「別に。自分の想いを伝えることの何が恥ずかしいの?」
彼女は心底不思議そうな顔をしている。
「一つ聞いていいか?」
「何?」
「どうして文実に入ろうとしたんだ?」
「成田君がいるから」
彼女は即答する。
この調子だと千歳が副委員長に立候補したのも同じような理由だろう。
ただ、それでも解せないことがある。
「じゃあ、なんで昨日告白してきたんだ?よりにもよって正門で」
昨日の放課後に告白するなら、俺と同じ委員会に入る必要はなかったはずだ。告白に失敗した場合、自分を振った相手と一年間同じ委員会に属さなければならないのだから。というか現にそうなってしまっている。
あと、どうせ人前で告白するのならば正門付近じゃなくて教室でも良かったはず。
「最初はもうちょっと仲良くなってから告白しようと思ってたんだけど……」
千歳の言う通り、普通ならそうするのが定石だ。
「つい、舞い上がっちゃって」
「……どういうことだ?」
いつも無表情で落ち着いている彼女が舞い上がるところなんて想像できない。
「ホームルームが終わって、昼食を買いにコンビニに行こうとしてて……」
「ああ」
「歩いてる途中でようやく『あ、私ホントに成田君と同じ委員会に入れたんだ』って実感して、嬉しくなって……」
「……それで?」
「いろいろと考えているうちに君への想いが膨れ上がってきて……我慢できなくなって、『もう告っちゃおう』って思ったの」
「…………」
要するに千歳はコンビニに行こうとした途中で、突発的に、衝動的に俺に告白したくなったということなのか。
じゃあ告白した場所が正門だったのも、彼女が衝動に駆られたときに偶然そこらへんを歩いていただけ、と。
……なんだそれ。
千歳って案外感情で動くタイプなのだろうか。去年の一年間を通じて彼女の性格は大まかに理解していたつもりだったが、少し認識を改める必要があるな。
「でも、冷静になって考えてみるとやっぱり急すぎたように思うの」
彼女の言う通りだ。あの告白はあまりにも唐突だった。
「だから、まずは成田君と友達になりたい」
彼女の綺麗な瞳が、真っすぐ俺を捉えていた。
…………友達、か。まあ、それなら何も問題はないだろう。
千歳のことを恋愛対象として見ることはないが、彼女の危ないほどに真っすぐな姿勢には好感を覚えた。むしろ尊敬すらする。
「……分かった。じゃあ友達としてよろしくな、千歳」
俺がそう言うと、彼女はニコリと笑った。
いつもは無表情である千歳の、まるで花が咲いたかのような明るい笑み。
見たこともない彼女の表情をみて、胸が少しざわつく。
…………俺もまだまだだな。帰ったら瞑想でもしよう。
ナルシストと素直クール Natsu @daigyo
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