第3話
午前中は新入生は入学式、在校生は各クラスで委員決めをしていた。
黒板には体育委員、文化祭実行委員、清掃委員など様々な委員会の名前が書かれている。
ちなみに、この学校では全員何かしらの委員や係にならなくてはならない。
「お前どーすんの?委員会」
慎太郎が後ろから話しかけてくる。
「文実だな。去年やったけどまあまあ楽しかったし。そっちはどうせ体育委員だろ?」
「まあな。去年はじゃんけんで負けちまったせいで保健委員だったし」
「じゃんけん弱いよな、お前」
慎太郎とは去年も同じクラスだったが、こいつがじゃんけんで勝ってるところを見たことがない。
「うるせ。でも今日は星座占いで一位だったんだ。負ける気がしねえ」
そう言って彼はニヤリと笑った。
まあフラグにならないことを祈ろう。
***
「じゃあ文実やりたい人ー」
クラス委員が呼び掛けると同時に俺は手を挙げる。他に挙げてる人はいないので男子は確定だろう。あとは女子か。
その数秒後に後ろから衣擦れの音がした。
「よし、じゃあ文実は成田と千歳で決まりな」
黒板に俺と彼女の名前が書かれた。
俺は斜め後ろにいる千歳を一瞥する。
そしてまたも彼女と目が合う。
明らかに俺が手を挙げたのを見てから彼女も手を挙げたように見えたのだが、ただの偶然だろうか。
まあお互い知らない仲ではないし問題はない。もしかしたら彼女ももう一度文実をやりたかったのかもしれない。
とりあえずそれ以上は考えないようにして、机から英単語帳を出した。
***
昼休みの始まりのチャイムが鳴った。
「よーし、明日からは通常授業だからな。気をつけろよー」
担任の中年男性がそう言って、教室から出た。
今日は午前中だけなので、俺はリュックを背負って席を立つ。
午後からは新入生向けの部活の新歓オリエンテーションがあるが、帰宅部の俺には関係ない。
机に突っ伏してうなだれている
***
正門から出ようとしたところで、千歳が壁にもたれかかっているのが目に入った。彼女はただ立っているだけなのにその佇まいは絵になりそうだった。
何をしているのだろう。友達と待ち合わせだろうか。
一言くらい声をかけるべきだろうかと思っていると、彼女がこちらに近づいてくる。
「成田君」
彼女の透き通った声で名前を呼ばれて、足を止める。
「ん?」
……もしかして千歳は俺を待っていたのか。
彼女は大股一歩分くらいまで、俺との距離を詰めてきた。
香水だろうか。ローズ系の香りがふわっと漂う。
「成田君、大事な話があるんだけど少し時間をくれない?」
彼女の綺麗な瞳が俺を捉える。その真剣な眼差しには強い力が感じられた。
これはもしかしてあれだろうか。告白というやつじゃないだろうか。
……あの千歳が告白?ていうかなんで俺なんだ?
ひょっとして、俺の溢れ出る魅力に気づいてしまったのだろうか。いやー、モテるってのも大変だな、ほんと。
だが、この後はサロンモデルの先約があるのであまり長話はできない。
それに、答えは決まっている。
「俺このあと用事があるからあまり長くは居られないけど。とりあえず場所移すか?」
俺の提案に対し、彼女は首を横に振った。
「いや、ここでいい」
「え」
あれ?もしかして告白目的じゃなかったのか?
周りには少なからず人がいる。他人が見ている前で告白なんて馬鹿な真似はしないだろう。
……あーわかった。同じ委員だからライン交換しよう的なあれか。いや、でも彼女とは去年の文実の時にラインを交換したはずだ。
俺が色々と考えを巡らせていると、彼女が口を開いた。
「私、成田君のことが好きなの。だから、付き合ってほしい」
…………は?
どこからか女子の黄色い声が聞こえてきた気がするがそれどころじゃない。
いま彼女はなんと言った?
好きって言ったよな?鋤でも鍬でもないよな?
告白?人が見てる前で?正気か?
俺が呆然としていると彼女が少し不安そうな表情をする。
「返事……くれる?」
「え、あ、あぁ……」
予想の斜め上の事態に俺はキョドってしまっていた。
いや、何を狼狽えている。しっかりしろ成田静!
心の中で自分に喝をいれる。
……もはや他人の目があろうが関係ない。俺は自分を曲げない。
小さく深呼吸して、ゆっくりと口を開く。
「悪いけど、俺にはもう心に決めた人がいるんだ」
千歳が目を丸くする。彼女の驚いた表情は初めて見たかもしれない。
息を吸い、そして力強く叫ぶ。
「俺は…………俺自身が大好きなんだっ!!」
俺の渾身の叫びが辺りに響いた。
「……へ?」
彼女が目を丸くし、間の抜けた声を出す。
あ、その表情かわいいな。って言ってる場合じゃない。
「もちろん千歳の気持ちは嬉しい。だけど、俺はこの世で自分自身が一番好きなんだ。そして自分をもっと愛していたい。だから千歳とは付き合えない」
そう。俺は俺しか見ないし、他者と自分を比べることも、他者に気をかけることもない。
俺の世界には俺だけが絶対的に存在している。他には何もないし、要らない。
それこそが俺の美学であり、目指すべき理想だ。
だからこれでいい、これでいいんだ。周りのやつらが「何言ってんだこいつ」みたいな目で見ているが気にしない…………気にしたら負けだ。
「悪いけどそろそろ行かないと。……まあ、あれだ。あまり気にするなよ」
俺はそう言って立ち去ろうとした。が、
「待って」
千歳に呼び止められる。まだ俺に何か言いたいことが…………あるか。
そうだよな。あんなふざけた振り方をしたのだから、罵倒や恨み節の一言や二言を言いたくもなるだろう。
まあ仕方がない。それくらいは甘んじて受けよう。寛大な俺、素晴らしい。
だが彼女の口から放たれた言葉はそのどちらでもなかった。
「じゃあ、私は二番目でいい」
「…………はい?」
今度こそ理解ができなかった。
彼女は淡々と告げる。
「成田君にとっては成田君自身が一番なんでしょ?だったら、私は二番目でいい」
彼女は何を言っているのだろう。
二番目でいいだと?そんな告白聞いたことがない。
それ以前に、普通に考えて俺のあのセリフを馬鹿真面目に解釈するか?
まずい、頭がうまく回らない。
二番目…………二番目なら確かに問題はないのか?
いや違う、そうじゃないだろ!?美学を貫けよ、俺!
彼女の言葉に思考が乱され、俺はひどく動揺していた。
「お、俺は自分にも浮気はしないから!ごめん、それじゃあまた明日!」
俺は何を言っているのだろう。
声はところどころ裏返っていたが、そんなことを気にする余裕もない。
俺は逃げ出すように駅に向かって走った。
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