第2話

 月曜日の朝。

 ガタンゴトンという音とともに電車に揺られる。

 朝ラッシュの時間帯なのでいつものことながら車内は混んでいるが、今日は特に制服姿の人の数が多く感じる。

 今日は四月五日の月曜日。恐らくほとんどの学校では今日が入学式の日だ。

 見慣れない顔の人たちが真新しい制服に身を包んでいた。きっと新入生の子たちだろう。

 新たな新生活に期待を膨らませているのだろうか、彼らの目は宝石のようにキラキラと輝いている。

 去年の今頃は俺もあんな感じだったな。

 ちなみに俺の経験則だが、彼らのうちの半分は二学期には死んだ魚の目になる。そこからだんだんと目の濁った人が増え、年が明けるころには九割がた死んだ魚の目になっている。

 俺はどうなのかって?聞かなくても分かるだろう。

 俺みたいに輝かしい毎日を送っているブリリアントな人間は目が濁ったりしないのさ。


『代々木、代々木です。御降りの際は……』


 アナウンスとともにドアが開き、人が出入りする。

 ふと、杖をついたおじいさんが視界に入った。

 やれやれ、仕方ない。

 俺は席を立ち、おじいさんに声をかける。


「席、よかったらどうぞ」

「ああ……いいのかい?」

「ええ、すぐに降りますから」


 俺が笑顔を浮かべながらそう言うと、おじいさんは礼を言って座席に腰を下ろした。

 ああ、まだ朝だというのに一日一善が終わってしまった。偉すぎるぞ、俺。

 俺は吊革に捕まりながら、窓を見る。

 何故窓を見るのかって?もちろん、自分の顔が見えるからだ。

 少し見えづらいが窓には制服のブレザーに身を包んだイケメンが映っている……相変わらず美しい顔をしている、俺。


『新宿、新宿です。御降りの際は……』


 おっと、もう学校の最寄り駅についてしまった。

 もう少しこうしていたかったが、このままだと山手線が一周してしまいそうだ。

 さあ、俺の輝かしい学校生活が始まる。


***


 新入生は今日が初登校だが、在校生は既に金曜日に始業式を終えているので、自分のクラスも分かっている。

 公立にしてはまあまあ綺麗な校舎の廊下を歩き、『2-2』の札がかけられた教室に入る。

 ガラガラと教室の戸を開けると、音に気付いたクラスメイト達は俺に視線を向けてくる。

 俺は軽く笑みを浮かべて自分の席へ向かった。


「やっぱ、成田君カッコいいよねー」

「ねー、マジで目の保養」


 女子たちが俺のほうを見ながらコソコソ話をしている。まあ聞こえているんだけども。


「あれが例のナルシストのやつ?」

「そうそう、あいつちょっとヤバくてさ……」


 一部の男子は怪訝そうな目を向けてくる。

 ちょっとそこ!俺のカッコよさに嫉妬するのは分かるけど、分かるけど!

 そんな目で俺を見ないでくれ!

 安心しろ、君たちは何も悪くない。俺がカッコよすぎるだけなんだ。だから君たちはもっと自信を持ってくれ。

 もちろんそんなことを言うと彼らの機嫌を損ねてしまうので、これは心の中に留めておく。

 俺は自分の席にリュックを置き、中から英単語帳を取り出す。

 しばらく単語帳と睨めっこしていると、後ろから肩を叩かれた。


「よお、静」


 振り返ると、身長180センチほどのガタイのいい男が立っていた。


「ああ慎太郎か。おはよう」


 彼の名は日野慎太郎ひのしんたろう。この学校で数少ない俺の友だ――じゃない、俺の魅力がわかっている将来有望な人間だ。

 彫りの深い顔と恵まれた体格はいかにも男らしい雰囲気を醸し出している。


「いつもよくやってんなあ、それ」


 彼は俺の手元の英単語帳に視線を移す。


「まあ、他にやることもないしな」

「スマホいじりたいとか思わねえの?」


 スマホか。俺はスマホでゲームはしないし、SNSもあまり好きではないからな。


「ないな…………あ、自撮りは好きだぞ」


 俺がそう言うと、慎太郎の顔がわずかに引き攣る。


「……まあ、楽しいならいいんじゃないデスカネ」

「おいなんで敬語なんだ」


 その憐れむような目を向けるな。こっち見んな!

 そんなやり取りをしていると、教室にまた一人女子が入ってきた。

 彼女が入った瞬間に、教室内の雰囲気が少し変わる。

 白い肌にぱっちりとした目、適度に丸みを帯びた輪郭。それに加えて身長が高くモデル並みにスタイルが良い。なんといっても特徴的なのはミルクティーベージュで弱めのウェーブがかかったセミロングの髪。

 校内では誰しもが知っているであろう女子、千歳美奈ちとせみながそこにはいた。

 彼女の姿を見るや否や、女子たちが彼女のほうに群がる。


「美奈おはよー、今日ちょっと遅くない?」


 千歳は小さくあくびをしてから、淡々と答える。


「……二度寝したら寝坊しちゃった」

「え、美奈が寝坊とか珍しー!」


 女子たちはワイワイと会話に花を咲かせている。

 その光景を見ていた慎太郎が口を開いた。


「なんか千歳だけ雰囲気というかオーラが違うよな。なんでだろうな」

「いつもテンション低めだから、他の女子より落ち着いて見えるんじゃないか?」


 基本的に彼女は大声で笑ったりしないし、なんなら表情があまり動かない。

 華やかな見た目と落ち着いた性格のギャップが男女問わず人気なんだとか。


「そういえば静は千歳と仲いいんだっけか」

「別に。何回か話したことがあるだけ」


 去年はクラスは違ったが、委員会が一緒で彼女とはそこそこ話す機会があった。          彼女とは気も合うしラインも持ってはいるが、一緒に外で遊んだりしたことは一度もない。そんな間柄だ。

 俺は彼女に対して下心なんてないし、彼女も俺のことを特に意識はしてないはずだ。

 今年は同じクラスになったが、俺と彼女の仲が進展することはないだろう。

 そう思って彼女のほうを向くと何故か目が合った。

 …………きっと偶然だろう。



 


 

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