第25話 嫌な予感
「はい」
ハクアは二人に先程までのことをかいつまんで説明する。
レオンハルトの巡礼に、クローディアと自分が護衛することが勅命として出され、受理されたこと。
レオンハルトとしては、ある程度予想がついていたことらしく、驚きらしい驚きはそこまでなかった。
クローディアは驚きつつも、巡礼ってなんだろう、と首を傾げている。
「巡礼とは、王位第一継承者が即位前に七大国の神殿や教会を詣ることです。各国への次期国王のお披露目もありますし、多少の危険が伴う巡礼を行うことができる、といった国力を示す意味合いもあります」
「それじゃあ、それができないと、その、レオンハルト殿下は国王になれないってことですか」
「なれないことはありませんが、国力も権威も足らない王として認識されることとなりますね」
クローディアはレオンハルトの説明を受けて、理解したようだ。
それでも何故、自分が含まれているのかという疑問が残っている。
それについてはハクアが説明する必要があるだろう。
「今回レオンハルト殿下を襲撃したのは魔族の中でも高位の存在。現に、副騎士団長の中でも指折りのライアーがやられてる。陛下はこの存在から殿下を守れるのは七騎士だけだと判断された」
ハクアがクローディアの理解が追いついているか確認をしてきたので、頷く。
「現在、七騎士の金・銀騎士が王都を離れるわけにはいかない。黒・白騎士は王都外を拠点としてるし、外の要となってるから長期任務に就かせられない。紅・翠騎士は……」
「??」
先の四騎士についての理由がしっかりしたものなので、残る二騎士についても相応の理由があるのだろう。
クローディアは言葉を切ったハクアの続きを静かに待つ。
やがて、言いにくそうにしていたハクアがポツリと言葉を落とす。
「陛下が却下された」
「はっ? 却下??」
あまりの理由に、クローディアはつい素で驚いてしまう。
咄嗟に手で口を覆うも、既に手遅れで二人にはバッチリ聞こえていた。
傍で聞いていたレオンハルトが声を出さずに笑っている。
クローディアは恥ずかしさが込み上げ、全身が熱くなる。
(聞こえなかった感じにして欲しい!!)
クローディアがチラリとハクアの反応を窺うと、彼は少し驚いた様子でいた。
が、クローディアと視線が合ったことにより、気を取り直したらしい。
「それで、残る俺が指名された。君の護衛任務はあるけど、遅かれ早かれ君には王都外に出てもらうつもりではあったし」
元々、王都近くでクエストを何度かこなし、ある程度実践に慣れた頃に王国内を旅するつもりではあった。
要はそれが早まっただけである。
流石に大陸を巡るつもりはなかったので、そこは想定外ではあったが。
「そ、そうなんですね、わかりました。けど、それって私は足でまといですよね」
つまり、国内を旅するのが他の六国を巡る旅に変わったということである。
それ自体はそこまで違いの実感が湧かなかったのでよかったが、レオンハルトの警護に自分が着いて行く点については不安でしかない。
話を聞く限り、王国でも実力者に数えられる騎士が壊滅させられた高位魔族が襲ってくる可能性がある旅に、戦力外の自分が着いて行くことになっているのだ。
「君に戦えとは言わない。俺の他にも護衛が付くし、主にその人と連携して護衛していく。それ以外はクローディアさんにも頑張ってもらうけど」
戦って護ることだけが必要なわけじゃない、とハクアは言ってくれているのだ。
「だから、俺と一緒に行ってくれる?」
そう頼む彼の顔は相変わらずの無表情に見えるが、少しだけお願いが混じっていた。
それを無視して、自分勝手に断るなどクローディアにはできない。
「うぐっ。……そ、そんな頼み方されたら断れないです」
どっちにせよ、クローディアはハクアに護衛してもらっている立場なのだ。
もしかしたら、全力で拒否すると代わりの人が護衛についてくれるのかもしれない。
けど、それでも。
(ハクアさんがいい、って思うのは何に惹かれてなんだろ)
美しすぎる顔は美しいとは思うけど、少し苦手だ。
それ故に冷たい人に見えてしまうから、初対面では萎縮した。
まだよく話したこともない。
お互いに知らないことなんて山ほどある、どころか知ってることの方が微々たるものだ。
(それなのにこの人がいい、っていうのは、ハクアさんがこの世界で初めて会った人だからかな)
そして、何度も救ってもらった相手である。
そんな人に一緒に行こうなんて言われたらはい、としか言えない。
彼にしてもらったことに対し、クローディアは何も返せていないのだから。
「はい、よろしくお願いします」
クローディアの返事にハクアがほんの少しだけ笑った気がした。
「それでは、クローディアさんも一緒の旅になるのですね」
成り行きを見守っていたレオンハルトが、とても嬉しそうにしている。
「は、はい! 得意なことはあまりありませんが、少しでも役に立てるように頑張ります、よろしくお願いします」
「そんなに気張らなくても大丈夫ですよ。こちらこそよろしくお願いします」
レオンハルトに微笑まれて、その天使さにクローディアは一瞬ぼーっとしそうになる。
が、寸でのところで踏みとどまり、頭を左右に振る。
「詳しい日取りはまだ決定してはいませんので、数日は普段通り過ごしていてください。必要とあれば王城内に部屋を用意させますが」
「いいえ、それは大丈夫です!」
クローディアはぶんぶんと勢いよく首を振る。
王城内を歩くだけで緊張緊張の連続だというのに、居住地まで王城にしたら、極度の緊張でカチコチになるのは間違いない。
あくまで丁重に、丁重にお断りしたい。
「そうですか、残念です。クローディアさんとたくさんお話したかったのですが」
「あ、う」
天使が残念そうに眉を八の字に下げている。
罪悪感で胸が潰れそうだ、思わず撤回してお願いしてしまいそうになる。
「レオンハルト殿下。彼女はその数日の間もクエストをこなすので、城下の方が利便性があります」
「そうですね、わかりました。旅の間はたくさんお話できますし、それまで我慢します」
「それでは、俺たちはこれで失礼します」
ハクアがそう言ったので、クローディアは慌てて立ち、レオンハルトに挨拶をする。
「お邪魔しました」
「クローディアさん。本日は助けていただき、ありがとうございました」
「いえ、そんな! 見つけてくれたのは私ではなくブラウです」
クローディアはブラウに探してくれ、と頼んだだけだ。
そんなにたくさんお礼されるほどのことはしていない。
だが、レオンハルトは頭を振ってそれを否定する。
「いいえ。召喚獣は召喚士の願いを優先する存在です。貴女が頼まなければ、彼らは我々人族を助けることはありません」
「そんなこと……」
ない、とはクローディアには断言できない。
断言できるだけの時を彼らと過ごした訳では無いからだ。
クローディアがわかるのは召喚獣が自分に力を貸してくれる存在であること、それだけだ。
「遥か昔から、召喚獣は召喚士の力を代償にした時のみ力を貸してくれます。それに例外はありません。何故なのか、それは我々にはわかりませんが、それだけが真実なのです」
遥か昔から、召喚獣の能力が並外れているということだけはわかっていた。
けれども、彼らは召喚士が造り出す力を代償に差し出した時しかその力を貸してはくれない。
それが何故なのか、理由があるのかは人族にはわからないのだという。
「だから、召喚獣の力は召喚士の力であると胸を張ってもいいのです、クローディアさん」
レオンハルトはふわりと微笑む。
その言葉はきっと、自信の無いクローディアを励ますものであろう。
それが感じられるからこそ、クローディアの心はじんわりと温かくなって、瞳から涙が溢れそうになるのだ。
「ありがとうございます、レオンハルト殿下」
クローディアは溢れだしそうになる涙を堪え、感謝の言葉を絞り出す。
肩の荷が少しだけ軽くなったのを感じた。
レオンハルトに別れを告げ、クローディアとハクアは王城を出る。
王城に向かっていた時とは違い、今はレオンハルトがいないので、クローディアは目立たないと思っていた。
だが、蒼玉騎士団団長の服装をしているハクアがいるため、顔を見せていなかったレオンハルトとは違う目立ち方をしている。
まず、すれ違う騎士が皆、挨拶のために頭を下げる。
次に老若男女問わず、惚けたようにぼーっとする。
そのため、ハクアが通った道は若干渋滞気味だ。
そして、一部の者が斜め後ろを付いて歩くクローディアを首を傾げ、噂するのだ。
あの蒼騎士の後ろを歩く女性はなんなのだろう、と。
これに関しては気にしたらキリがないので、気にしないようにようはしている。
いや、気にしないように気にしている時点で気にしないなんてことは無理なのだが。
(気にしないようにはしても、いたたまれなさは半端ない! これから、レオンハルト殿下とも一緒に旅するわけだし、他の街でもこんな感じになるのかな)
何せ、目立つ容姿をした二人と共に歩くことになるのだ。
どこに行っても注目を浴びることは間違いなしである。
他にも護衛が付くということだし、せめてその人たちだけは標準レベルであって欲しいと切に願いたい。
クローディアは近々行うことになる巡礼の同行を、今から憂うのであった。
「これからの予定だけど……、大丈夫?」
振り返ったハクアが目にしたのは、先のことを思って暗い顔になっているクローディアである。
この数日間の予定について話すつもりだったのだが、思わず心配する言葉をかけることとなる。
「あ、大丈夫です、すみません!」
「そう? それで、レオンハルト殿下の巡礼準備には数日かかるし、その間にクエストをこなそうと思ってる」
「はい、それでお願いします!」
ハキハキと言葉を述べるクローディアに、ハクアは心配はいらなかったか、と密かに息を吐く。
「クエストは主に配達系と採取系、あとは簡単な魔物退治で実戦経験を積んでもらう」
「はい」
「あと、できれば出発までにはもう一体召喚獣と契約できたらって思ってる」
「! じゃあ、またイマリさんにお願いしましょう」
新しい召喚獣と契約できるのは新しい友達ができるようで嬉しい。
明日が楽しみになったクローディアは、思わず小さく鼻歌を奏でた。
隣を歩くハクアにはガッツリ聞こえていたが、彼には何で鼻歌を歌っているのかまではわからなかった。
その後は会話らしい会話もなく、クローディアを宿屋に送り届けた。
いつもであれば、任務の後に蒼玉騎士団詰め所に寄っているのだが、今日はそういった気分ではなかった。
(今日は帰るか)
今日は蒼玉騎士団詰め所に寄ることをせず、真っ直ぐに帰宅することにハクアは決めた。
騎士団詰め所に寄ったところで至急の用事はないのだ。
ハクアはゆっくりと帰路に着く。
ハクアの住んでいる所は、蒼玉騎士団の詰め所からそう離れてはいない。
緊急時に駆け付けることができるように、着任が決まった時に近くに引っ越したからだ。
場所は静かな住宅地の隅にある小さな家である。
そこは、爵位すら授けられる地位の高い七騎士の住む場所としては、意外だといえるほど簡素なものである。
他の七騎士で、元から貴族であるのを除いた者は、七騎士の称号を戴いた時に使用人と大きな家をもつのが大半であった。
しかし七騎士着任直後、住宅について金騎士に問われた時、休まる場所で気を張りたくない、と返したのがハクアである。
人の気配に敏感で、他人がいると気を張ってしまうハクアにとって、使用人を雇うなど論外だ。
また、威厳や見栄のない彼にとって、スペースが広いだけの大きな家は必要ないと判断し、必要最低限の生活スペースがある物件にしたのだった。
威厳やら見栄がある、と口出ししてくる者は多かったが、ハクアはそれを気にすることなく過ごしている。
別に直属でもない国の大臣やら教会の司祭の口出しだ、直接的な影響力はなかった。
事実、直接関係のある金騎士や国王からは何も言われていない。
ハクアは帰宅すると、重苦しい鎧を脱ぎ捨て、手早くシャワーを浴びる。
全身の汗や汚れを洗い落としたら、火属性魔法で乾かし、動きやすい服を着る。
そして、日課となっている体のほぐしを行なうのだ。
常に最高の動きができるように体の調整を行なう。
それは誰かを守るためでもあるし、それだけでもない。
(ここ最近、ずっとザワついている)
それが何故なのかはわからない。
けれど、それがいいことでないのはわかる。
これもまた、何故なのかはわからない、勘だ。
近いうちに何か悪いことが起こる、それだけは確信をもてた。
(俺の悪い予感って当たるんだよな)
けれど、悪い予感なら外れてなんぼのものである。
しかし、来てしまった時に対処できるようにはしておきたい。
ハクアは来て欲しくはないその時のために念入りの調整を一日も欠かさず行なうのだった。
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