第24話 みんなの好物
一方、謁見の間をレオンハルトに連れられて退出したクローディアは、そのまま王城の一室に案内された。
そしてふかふかの高級ソファに座って待つようにと侍女に言われ、その後、レオンハルトは侍女に連れられて部屋を出て行った。
それから、ソファがふかふかで気持ちいいな、と手持ち無沙汰で十五分ほど待っていると、扉がノックされ、外から侍女が扉を開ける。
扉から入ってきたのは紛れもない天使、もとい金髪の美少年である。
先程のくすんだ金髪ではなく、室内灯でも美しく輝く艶々の金髪に、潤いのある落ち着いた橙色の瞳。
影を落とすほど長い睫毛が、彼を美少女に近づけている。
「お待たせしました」
優雅に微笑むレオンハルト。
彼が身につける衣服は所々がほつれ、破れた旅装ではなく、明らかに上等だとわかる服に変わっている。
美少女と見間違えないのは、身につける衣服が明らかに男性用だとわかるからだ。
おそらく、クローディアを客室に案内した後に体を清め、衣服を変えて身だしなみを整えてきたのだろう。
十五分という短い時間で体の清め、着替え、セットまを成し遂げた侍女の手腕とレオンハルトの行動には驚くばかりである。
「先程のみすぼらしい格好で女性の前に立つのはお恥ずかしい限りでしたので、身支度を整えてきました」
「そうなんですね。たしかに、と、とてもお綺麗です」
返事だけでは素っ気なくなってしまう、と思って感想も付け足したのだが、なんだか変な感じになってしまった。
しかし、レオンハルトはそれに一切動じず、素直なお礼を述べる。
「ふふ、ありがとうございます」
レオンハルトは流れるような所作で向かい側のソファに腰掛け、脚を組む。
脚を組むまでの流れが自然で似合いすぎてて、さすが王子様、と密かに感動するクローディア。
なにせ王子様に会うのは生まれて初めてのことだったので、比べる基準が物語の中だけだった。
夢見る歳はとうに過ぎ、それと現実が違うなんてことは重々承知していた。
だからこそ、物語と比べてもなんら遜色ないレオンハルトの姿に感動したのだった。
「ハクアが戻ってくるまでは、私とお話してくださいますか」
「は、はい」
レオンハルトに話し掛けられ、クローディアは無意識に背筋が伸びる。
それを見たレオンハルトは、声を出して笑う。
「ふふっ、そう畏まらないでください。王の子ではありますが、貴女と変わらない人の子でもあります」
「そう、なんですけど。その、身分の高い方とお話するのは初めてで、何か失礼なことをしないかと、不安になるんです」
敬語もしっかりとできているかすら不安なのだ。
一挙一動がぎこちなくなる。
「そうなのですか? では、そうですね、クローディアさんが接しやすいよう、貴女の前では年相応に僕、と言いましょう」
ニコニコと微笑むレオンハルト。
正直、それだけで緊張がほぐれるかと言われると、そうではない。
しかし、レオンハルトのその心遣いに、クローディアは幾分か肩の力が抜けるのを感じた。
「それに、僕はクローディアさんが多少失言したところで罰する気はありません。大勢の前での発言を少し気をつけて頂ければ、いつも通りで構いませんよ」
「は、はい」
「では、世間話でもしましょうか。改めまして、僕はレオンハルト・ディオン・フローライトと申します。ルミッドガード王国の第一王子です、貴女は?」
「あっ、私はクローディアと言います。二日前、この世界に来ました。えっと、召喚士です、一応。よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をするクローディアは、やはりまだ緊張している。
レオンハルトはどうしたものか、と数瞬考え、まずは彼女の緊張をほぐすことにする。
「そうですね……、クローディアさんの好きな食べ物は何ですか? ちなみに僕は果物が好きです。森にいた時は動物たちがたくさんご馳走して下さいました」
森にいた時とは二週間ほど遭難していた時のことである。
どうやら、魔族に命を狙われつつも遭難ライフを楽しんでいたようだ。
(凄い精神強いんだな、見た目とは違って)
見た目は一日遭難しただけでも、倒れてしまいそうな華奢な感じである。
それはそうと、好きな食べ物だ。
相手に聞かれたのだから、答えなければ。
(おにぎり、好きだけど、米がこの世界にあるのかわからない)
他の物を答えようと思ったが、すぐに思いつかず、仕方なくそのまま答える。
「おにぎり、が好きです」
「おにぎり? それはどのような食べ物ですか?」
レオンハルトはおにぎりを知らない。
ということは、米がこの世界には食用として流通していないのだろうか。
どう説明したものか、とクローディアが悩んでいると後ろに控えていた侍女が扉を開ける。
「おにぎり、とは米を手で握った食べ物です、レオンハルト殿下」
「そうなのですか? 申し訳ないです、僕は食べたことがなくて」
レオンハルトにおにぎりを説明したのは、白に蒼の紋様が入った鎧を着た騎士、ハクアだった。
「早かったですね、ハクア。着替えたのですか?」
クローディア達と謁見の間で別れるまではカジュアルな旅装であったが、今は蒼玉騎士団の鎧とマントを着用している。
「先程、部下が一式持って来たので」
王城から詰所に連絡が行って、蒼玉騎士が詰所にある予備を持ってきたのだという。
旅装の方が楽なので、颯爽と持ってきた部下が少し恨めしかったりする。
「ハクアは立場がありますから、王城では仕方ありませんね。それで、ハクアの好きな食べ物は何ですか?」
「? ハンバーグ。なんでですか」
質問の意図がわからなかったが、とりあえず答えたハクア。
彼が扉の外から聞こえたのは、おにぎりが何なのか、というレオンハルトの疑問の声だけだ。
何の話をしていたのかと、ハクアがクローディアに視線を移す。
「ざ、雑談を! お互いの好きな食べ物を聞いていたんです」
ハクアに視線を向けられ、しどろもどろになりつつも説明する。
理由はレオンハルトが答えてくれる。
「少しでも打ち解けられたら、と思いまして。これから必要になるかと思いますし」
「??」
一点の邪悪さも窺えない微笑みで、レオンハルトが言う。
クローディアは、これから必要になるという部分が引っ掛かったようだ。
「……」
どこまで見通して言っているのか、とハクアは思う。
清純と神聖さを体現したような方だと臣下や国民からは評されている。
だが、それだけではない地頭の良さや実力が備わっているからこそ、次期国王に相応しいと誰もが認めるのだ。
感嘆にも似た、溜息をひとつ吐き、口を開く。
「そうですね。クローディアさんにも関係あるから、聞いて」
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