第21話 恥ずかしがり屋だから
クローディアたち一行は、あれから深緑の森を何事もなく進み、王都東の外門までやって来た。
外門にも、改札のように管理する騎士がいるため、彼らがレオンハルトに気がついて、大きくざわめく。
森を抜けている際、金騎士に通信でレオンハルトの生存を報告してはいたが、この様子だとまだ上層部だけの情報に留めているらしい。
レオンハルトは騎士たちに心配を掛けたことに対して謝罪の言葉をかける。
すると、ほどなくして外門を管理する騎士が総出になり、レオンハルトへ敬礼し、見送る。
その誰もが、喜びと安堵を表情いっぱいに浮かべており、中には涙を浮かべている者すらいた。
内門の方でも同じようなことが起こり、レオンハルトが同様の言葉を彼らにかけた。
そして外門同様、総出で見送ろうとする騎士たちを制し、なるべく目立たないように内門を通過する。
街中で目立ちすぎると、騒ぎを通り越して騒動になりかねないので、内門でフード付きのコートを借りることとなる。
ハクアが街中を歩くと人々は振り返るが、遠巻きに見ているだけなので騒ぎにはならない。
ここでレオンハルトがいたら、その親しみやすさ、人気の高さから人々が一目見ようと押し寄せるらしい。
少し前に王都を出る際、人が集まってなかなか進まなかったとのことだ。
クローディアは、人気者は大変なんだな、と他人事にぼんやりと思った。
一行は露店や出店の多い大通りを人混みに紛れて抜け、居住区を通って政治が行われる王城近くまでやってきた。
ここまで来るといるのはほとんど王城に勤務するものや、王城に住む者ぐらいしかいない。
「門兵の方に向かいます」
「はい、お願いしますね」
ハクアに先導され、城門を管理する騎士、門兵の元へと向かう。
王城に入るには、彼らが管理する正門かその脇にある通用口を通らなくてはならない。
王族のレオンハルトが王城を出入りするには大抵正門を使用する。
まさか正門を通ることになるのか、とクローディアは内心ドキドキである。
門兵がハクアに気がつくと、慣れた動作で敬礼をした。
どうやら、フードを被っているため、レオンハルトには気がついていないらしい。
フードでパッと見は顔がわからないレオンハルトが、門兵を労うように声を掛けた。
「で、殿下!!? 御無事でなによりでございます! 入城されるなら、すぐに正門を開けます!」
門兵は急いで、正門を開けに行こうとするが、それをレオンハルトがやんわりと止める。
「いいえ、私はこのまま通用口から入りますので大丈夫ですよ」
「い、いえ・・・・・・。しかし、そのような」
「すぐにでも陛下にお目通りしたいのです、お願いできますか」
レオンハルトの言葉で、門兵はようやく理解をした。
正門を開けてしまえば、王族または賓客がやって来たことが誰の目にも明らかになってしまう。
そうすれば、なんの知らせがなかったということで、城内外の者が様子を見に来て、レオンハルトに気がついてしまう。
すぐにでも国王陛下に謁見したいが、心優しいレオンハルトは、城内の者が押し寄せたら応対してしまうだろう。
すると、それだけ国王陛下に謁見する時間は遅くなる。
それを回避するために通用口から目立たぬように入りたいのだ。
門兵は勢いよく敬礼し、一行を見送る形をとる。
王族への最敬礼、跪いて右手を心臓に当てるお辞儀にしなかったのは、目立ちたくないレオンハルトへの配慮だ。
「ありがとうございます」
「お疲れ」
「お邪魔します・・・・・・」
門兵の前を敬愛する王子殿下、上司の蒼玉騎士団団長が通り、最後に自信なさげな女性が通る。
蒼玉の団長が騎士ではない女性と一緒にいるのは珍しいな、と思う。
というか、彼女は誰なのだろうか。
門兵はぼんやりとそう思いながら、見送ったのであった。
城の敷地内に入ってから玄関口へ向かうと、そこには一人の男性が控えていた。
黒い燕尾服に身を包んだ、三十後半程の男性だ。
彼はハクアの姿を確認した後、すぐにフードを被るレオンハルトへと視線を移した。
「お待ちしておりました、レオンハルト殿下」
「御苦労様です、シドル」
彼は国王陛下側近のシドルである。
ハクアから金騎士への連絡を伝えられ、帰城するレオンハルトを待っていたのだという。
シドルは労いの言葉を有り難く受け取った後、迎えに来た用件を伝える。
「勿体無い御言葉で御座います。さぁ、陛下が御待ちです。蒼騎士殿と召喚士殿も御連れするようにとのことです」
ハクアはともかく、クローディアも国王陛下に謁見を許されたという。
「わかりました、では、参りましょうか」
レオンハルトは城内に入ったのでフードをとり、先導するシドルの後に続く。
すると、レオンハルトに気がついた城内の者が跪き右手を心臓に当て、ゆっくりとお辞儀をし始める。
王国での王族に対する最敬礼である。
彼らはレオンハルトが通り過ぎても、その体勢を崩すことなくじっとしている。
辺りが静まり還り、クローディアは自分の心臓の音が鳴り響いてるのではないかと錯覚する。
なにせ王国で一番偉い国王陛下に会うのだ。
前の世界では万が一でも有り得なかった事態である。
どれだけ城内を歩いただろうか。
大広間をぬけ、深い青の絨毯が敷き詰まれた広い廊下を歩いた。
クローディアは、城の絨毯に対する自分の普通は深紅なので少し珍しく感じた。
それからどれくらい歩いたのかはわからない。
シドルたちの後ろを居心地の悪さを感じながら黙々と歩いていただけだ。
このまま国王がいる場所まで何事もなく着くのかと思っていたら、急にシドルが立ち止まったため、クローディアたちも立ち止まることになる。
なにかあったのだろうか、とクローディアが前方の様子を伺うと、広い廊下の右手に男性が立っていた。
クローディアは彼の顔を見て、あれ、と首を傾げる。
(レオンハルト殿下に似てる、ような気がする)
オーロラのように角度によって色の光具体が変わる少し目付きが鋭い目。
美しく輝く金髪は、体を清めたレオンハルトと同じ輝きだと思われる。
彼の美しい金髪や顔の造りからしてレオンハルトと関連があることはわかる。
しかし、清らかな天使の美しさを持つレオンハルトとは対照的に、彼は全体的に少しキツめの印象を与える顔立ちだ。
レオンハルトは彼に気がつくと、心から嬉しそうに微笑んだ。
その天使の微笑みを向けられた彼はレオンハルトに視線を送った後、後ろにいるハクアとクローディアを一瞥し、それから再びレオンハルトへと視線を戻した。
(・・・・・・? なんだろ?)
一瞥されたクローディアは疑問に思うが、様子を見守ることにする。
すると、一度も言葉を発していなかった彼が口を開く。
その言葉に、クローディアはピシリと固まることになる。
「随分と御早いお戻りでしたね、兄上」
ニコニコとしているレオンハルトに、きちんと声変わりした声で彼は冷たい言葉を投げ掛けたのだ。
彼の言葉から、どこかに向かう途中であったレオンハルトの戻りが予定よりも早かったことについていっているのだとわかる。
しかし、魔族に襲撃を受けて、遭難していたレオンハルトへの言葉とは思えない。
嘲笑ったようにも聞こえるその言葉に、思わずクローディアが表情を強ばらせてしまう。
兄上と呼ぶのだから、血を分けた兄弟であろうに。
(もっと喜びの言葉でもいいんじゃないの? わざわざ嫌味なんて)
クローディアは詳しい事情をなにも知らない。
知らないからこそ、この時この場所での言葉でしか相手を判断することができない。
クローディアの彼にとっての第一印象は最悪である。
だが、冷たい言葉を投げ掛けられたレオンハルトは気にした様子もなく穏やかに返事をする。
「ただいま、ディーノ。心配させてすみません」
「・・・・・・陛下が御呼びです、私はこれで失礼します」
ディーノと呼ばれたレオンハルトの弟は、素早く一礼して、足早に去って行った。
さすがにあの態度は、とクローディアがレオンハルトの様子を窺うも、彼は嬉しそうに微笑んでいるだけだ。
どういうことだろう、とクローディアがハクア、シドルと順に視線を移す。
それに気がついたシドルが小声で殿下、とレオンハルトに呼びかけた後、心配そうにしているクローディアに目配せをする。
すると、レオンハルトはニコニコと優しい微笑みになって事情を話してくれた。
「クローディアさん、私の弟ディーノは極度の恥ずかしがり屋なのです。なので彼の無礼な振る舞いは見逃してあげて下さい」
「・・・・・・え」
極度の恥ずかしがり屋。
レオンハルトよりは気の強そうな見た目と態度をしていたと思うが。
クローディアの反応を見て、レオンハルトはさらに続ける。
「私の前ではとても素直で優しい子なのです。ですが、 初めて会う方や親しくない方の前だと肩が張ってしまうみたいですね」
(素直で優しい・・・・・・)
クローディアはレオンハルトの言う、素直で優しいディーノを頭の中で思い浮かべる。
要は恥ずかしがり屋のお兄ちゃんっ子ということだろうか。
うん、それならディーノに一瞥されたのも納得できる。
それに、レオンハルトが帰城してすぐに顔を見に来ていたのだ。
仲が悪かったらわざわざ一目見るために出てくる必要はない。
そう考えたら、確かに兄想いの優しい子に思えてくる。
「そうなんですね、わかりました」
先程のモヤモヤは、レオンハルトの説明により微笑ましさが勝った。
ディーノに対しての印象が大きく変化したところで、一行は謁見の間へと再び歩き出す。
ひたすら歩き続けたが、広くて長い廊下も終わりを告げることとなる。
廊下は大きな両開きの扉で行き止まりになっていたのだ。
その扉の中央には盾と剣を象った紋章が描かれている。
(ここの国旗みたいなものかな)
一国の王がいる場所であるし、それくらいしか扉に描くものはないと思う。
扉の両脇には騎士が控えており、白の鎧には白金色の紋様が入っている。
彼らはレオンハルトに右手を心臓に当ててお辞儀する敬礼を行なってから、扉をゆっくりと開ける。
その先はいよいよ国王陛下がいる謁見の間であった。
シドルを先頭に、レオンハルトが謁見の間へと入って行く。
クローディアもまた、ハクアの後ろからついて入ろうと思ってた。
しかし、その前にクローディアはハクアに呼びけられ、なんだろう、と首を傾げた。
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