第20話 最強の騎士

 


 それを見届けたハクアは、剣を鞘に戻し、クローディアとレオンハルトの元へとやって来る。


「す、すごい・・・・・・」


 一部始終を見届けたクローディアは、呆然とただそう言った。

 魔族や魔物の超人的な身体能力の高さはクローディアでさえ既に体験済みだった。

 魔族や魔物は普通の人間では倒すことはおろか、身を守ることも難しいだろう。

 それを十数体、二人を守りながら無傷で倒した。


「・・・・・・ハクアは王国最強の騎士です。彼なら、のちに復活する魔王でさえ打ち勝ち、人族に勝利をもたらしてくれるでしょう」


 クローディアにレオンハルトがハクアの立場を教えてくれる。

 全王国騎士の頂点に立つというその人は、とても綺麗で、きっととても優しい人だった。

 彼の強さを既に三度、間近で見ていたクローディアには、それはもう疑いようのないことである。

 しかし、クローディアはその肩書きの重さ、重圧の重さの説明になにも言葉を返せない。


(ハクアさんは王国民の命運を背負っている……!? それならなぜ、そんな人が私の護衛を?)


 元々疑問に思っていたことが、疑惑へと変わる。

 希少な召喚士を保護したい、という名目だけでは最強の騎士を護衛につける理由には足らなさすぎる。

 二人の元に戻って来たハクアは、会話の内容自体は聞き取ってはいないようだ。


「レオンハルト殿下、ライアー殿を倒した奴はあの中にはいなかったんですよね」


 ハクアがレオンハルトに問い掛ける。

 レオンハルトは神妙に頷いた。


「ええ。ライアーを倒したのは今の魔族より完全な人型の者でした。よくわかりましたね」


 レオンハルトの護衛を壊滅させたのは褐色の肌に白銀の長髪の男だ。

 先程の魔族のように、昆虫と融合した姿ではないし、あんなに容易く屠れるようなレベルではなかった。


「あの程度でライアー殿がやられるとは思えなかっただけです。・・・・・・他に魔族の気配はしません、移動しましょう」

「はい。では、行きましょうか」


 レオンハルトが王都に戻る道を歩き始め、それにハクアが続こうとする。

 クローディアも後に続こうとすると、ハクアが振り返る。


「手伝ってくれてありがとう。怪我、ない?」

「は、はい、おかげさまで大丈夫です」


 クローディアは声を掛けられると思ってなかったので、若干どもった。


「そう、よかった」


 二人のやり取りを見ていたレオンハルトが、無邪気に微笑む。


「ハクアはクローディアさんときちんとお話できるのですね」

「・・・・・・俺のこと、子供かなにかと勘違いしてます?」


「いいえ、とんでもない。ただ、ハクアが仕事といえども、女性の気遣いをするのが珍しいと思っただけです」

「え」

「レオンハルト殿下。彼女は護衛対象です」

「そのようですね」


 あっさりとレオンハルトが認める。

 が、そこで話を終わらせてくれる様子はない。

 そこで根負けしたのか、ハクアが観念したようにボソボソと話す。


「彼女は・・・・・・騒ぎ立てたりしないので」

「!?」


 それは本当に、不本意ながら紡がれた彼の本心だった。

 それがわかったからこそ、クローディアは驚いたのだ。


「だ、そうです。クローディアさん、これからも貴女らしくハクアに接してあげて下さい」


 ハクアから言葉を引き出した、レオンハルトは満足気だ。


「えっと、はい」

「レオンハルト殿下、王都に戻りますよ」


 ハクアはもう付き合えないと言わんばかりに、レオンハルトを促す。

 これにはレオンハルトも素直に従う。


「ふふっ。はい、もちろん」


 やっとのことで歩き出した一行は、黙々と森を進んでいく。

 先頭にハクア、次にレオンハルト、クローディアと一列に進んでいる。

 というのも、森には道という道がなく、基本的に冒険者しか通らないため、一本道の獣道しかないのだ。

 ハクアが先頭なのは、王都への帰り道を把握しており、かつなにがあっても対処できるからである。

 レオンハルトが真ん中なのは最早必然的にそうなった。

 女性のクローディアが真ん中で良い、とレオンハルトが申し出たのだが、クローディアに全力で固辞されたためである。

 女性に後ろを歩かせるなんて、とレオンハルトは渋ったが、クローディアが召喚獣を連れて歩くことで妥協してくれた。

 クローディアの足元にはブラウと、いつの間にか起きたソールが定位置の肩に乗りちょっとしたパーティーとなっている。

 このまま何事もなく、森を抜けられればいい、そうクローディアは願いながら歩くのであった。













 一行が深緑の森を何事もなく抜けている頃、ハクアが十数体の魔族を倒した場所で、体格のいい麗人が地に積まれた砂を掬っていた。

 それは、魔族や魔物が死に、砂となった際にできた砂山である。

 白銀髪の男は指から零れる感覚を楽しむように砂を掬った後、ニヤリと笑った。


「いいねぇ・・・・・・。楽しくなりそうだ」


 金の瞳を細め、不敵に笑った男は、ゆらりと立ち上がる。


「っても、結界の中じゃあ、おいそれと手は出せねぇしなぁ」


 とりあえず拠点に戻るか、と白銀髪の男が踵を返そうとした時、力の名残りに気がつく。

 それは、冷たい氷魔法の名残りだけではなく、完全な異質の魔力。

 その魔力の正体に気がつき、白銀髪の男は酷く歪んだ笑みを浮かべた。


「おいおいマジかよ、また来たか!」


 白銀髪の男は笑い出したくなる気持ちを抑えきれず一人、大声で笑い出した。

 森には白銀髪の男の笑い声が響き、驚いた動物たちが我先に逃げ出す。

 しかし、白銀髪の男はそれに一切我関せず、王都とは逆方向に歩き出した。

 その男の脳内は既に、どう攻めいるかといった戦略的な思考ではなく、最近ハマりだした自分の趣味で埋め尽くされていた。

 楽しくなってきたらまずは酒、である。

 動物たちが逃げ出し、より一層静かになった森。

 その森を白銀髪の男はぐだぐだな鼻歌交じりに歩くのであった。





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