第19話 仇は魔を率いるもの

 

 ーーーーその襲撃は王都を出てからそこまで進んでいない道中でのことだった。

 護衛を含むレオンハルト一行は王都の東門から出発し、森を大きく迂回して東の入口付近まで移動した。

 すると深緑の森の東口を通り過ぎる頃、突如魔族と魔物の群れが襲撃して来たのだ。

 レオンハルトには、五名の護衛が付いていた。

 次期国王の護衛であるため、護衛は選び抜かれた精鋭であり、金剛騎士団副団長も護衛として付いていた。

 そのため、襲撃に際し、彼らの魔法や剣技で、魔族と魔物のほとんどを打ち倒すことができた。

 この勢いなら一人も欠けずに守り切れる、そう皆が思った時、それはやって来た。

 魔族や魔物たちの中で異形の姿をもつ存在がやってきたのだ。

 長身で、引き締まった筋肉をもつその麗人の男は、魔族たちの中を悠々と歩いて来た。

 褐色の肌に日に当たって煌めく白銀の長髪は一つに纏められている。

 男が魔族たちの先頭に立つと、後方の魔族たちがざわめき出す。

 しかし、そのざわめきも男が手で制すと途端に静まる。

 その男の眼は楽しそうに細められ、護衛の騎士たちに向けられている。

 麗人の男との戦いはなんの前触れもなく始まった。

 突然、護衛騎士の一人が絶叫を上げた。

 麗人の男はまず、先陣を切っていた白金騎士の片腕を切り落とした。

 その攻撃は素早く、なにか特殊な力を使ったのかすらわからない。

 呻き声をあげ、その場に膝を着きそうになる白金騎士を背に庇い、金剛の副団長が前に出る。

 麗人の男と金剛の副団長との打ち合いが始まった。

 その隙に、別の白金騎士が負傷した白金騎士を後退させ、切り飛ばされた片腕を回収した。

 後退した彼に駆け寄り、レオンハルトが聖治癒魔法を施す。

 その間にも、金剛の副団長が麗人の男と激しい攻防を行なっている。

 レオンハルトの聖治癒魔法により、片腕が再生された白金騎士は、死の恐怖に震えそうになりながらも、戦意を失わなかった。


「レオンハルト殿下、王都までお逃げください! ここは我々で食い止めます!!」

「いいえ、ここで私が皆を回復させれば勝機は見えます」

「駄目です! 我々の攻撃が通る相手ではございません!」

「ライアー殿でさえ、奴の足を止めるので精一杯なのです!!」


 金剛騎士団副団長ライアーは、国王直属の白金騎士団にも所属し、数々の武功を挙げてきた経験を持つ騎士だった。

 その彼が決定的な攻撃を相手に与えられないのならば、彼よりも経験に劣る護衛の騎士では、倒すことができない。

 それを護衛の騎士たちは冷静に判断し、優先順位を決めた。


「貴方は、この国にとっていなければならぬ存在です!! 魔族に御命を渡してはなりません!」


 そう叫ぶユンゲルには、まだ幼い子がいる、愛する妻がいる。


「我らの国を、どうか正しく導いてください!」


 そう言って、襲撃する魔族に突っ込んで行ったロイダスには王都に残してきた老母がいる。

 副団長ライアーにだって、王都に残してきた多くの大切な者がいる。

 彼らは皆、その全てをレオンハルトに託し、守り抜くために覚悟を決めた。

 託されたレオンハルトには、もうここに残る選択肢などなかった。


「貴方たちの覚悟、決して無駄にはしません」


 レオンハルトのその言葉にユンゲルは目を潤ませる。

 しかし、すぐに表情を引き締め、詠唱を始める。


「レオンハルト殿下、御無礼をお詫びします」


 ユンゲルは敵からのあらゆる知覚を一時的に遮断する魔法を、レオンハルトにかける。

 魔族や魔物からは、レオンハルトが突然消えたように見えるだろう。


「このままここを離れ、王都にお戻りください。そして、七騎士に・・・・・・!」


 その言葉をしかと胸に刻み、レオンハルトはその場を離れることにする。

 最後に麗人の男の顔を目に焼き付けようと、振り返る。

 すると、楽しそうに笑う金の瞳と視線が交わる。

 魔法を掛けた者以外は存在を感じ取れていないはずだが、確かに視線が合った。

 その男は、ちょうどライアーの脇腹に腕を貫通させたところだった。


「レオンハルト殿下ぁぁぁぁ!!! 振り返らずに、お進み下さいっ!!!!」


 ライアーの大声が、レオンハルトの背を押す。

 まるで、ライアーには存在を隠したレオンハルトが見えているかのように。

 その声に押されるかのように、レオンハルトはもう振り返らず、森の中へと駆け出した。

 ライアーは第一王子付きの護衛だった。

 レオンハルトの物心つく前から彼はレオンハルトを守っていた。

 王となるレオンハルトを側で見守り、育ててくれた一人だ。

 彼から護身術、騎士道を厳しく教えてもらった。

 そしてレオンハルトに、王とは沢山のものを背負っていくものだと、最期の最期までも教えてくれたのだった。






 それからレオンハルトは走って走って走り続けて、魔族に怯えていた動物たちに導かれ、匿われていたのだ。

 その間も決して、生きる希望や彼らの仇を忘れたことは無かった。


「彼らは立派でした。ハクア」


 当時のことを思い出しながら、レオンハルトは静かに告げた。


「・・・・・・」


 ハクアはなにも答えない。


「彼らの仇をとってくれますか?」

「・・・・・・」


 その問いかけに答える言葉すら、ハクアにはなかった。

 だが、ただひとつだけ、言えること。


「それで手向けとなるなら」


 ハクアにとっても、第一王子の護衛に付いた騎士たちは知らぬ間柄ではなかった。

 誰もが一度は共に戦い、語り合った相手だ。

 彼らの名前も、顔も思い出せる。

 だが、感情は乱せない、乱してはいけない。


「ヒト・・・・・・ゾく! ノ王子!! ミツけタ! ミツけタ!!」


「殺ス!! 殺シて糧二すル!!」


 魔族は口々に人族語を喋り、こちらに意思表示をみせる。

 レオンハルトを差し出せ、と言いたいのか。

 ハクアが剣の柄を掴み、真っ直ぐに引き抜く。

 その動作に一切の歪みはなく、洗練された動きであることが伺える。

 しかし、ハクアのその行動を戦意ありと魔族は捉えたのだろう。

 人族を話す魔族が叫び声を揚げ、それを合図に周囲を囲んでいた魔物が次々と襲いかかってくる。

 クローディアがレオンハルトを庇うように前へと出る。

 たくさんの人が命を懸けて守ったこの人を失うわけにはいかない、と思った故の咄嗟の行動であった。


(いざとなったら私が盾になる!)


 レオンハルトのことはとても偉い人としかまだわからない。

 だが、部下の死を悼むことのできる素晴らしい人だということはよくわかった。


(そんな人が国の代表に立つなら、きっとたくさんの人が幸せになる)


 クローディアは湧き上がる死への恐怖を押し殺し、レオンハルトを守ることを決心する。

 ハクアの元に魔物が五体、そして五体の魔物がレオンハルトに向けて一斉に牙を剥く。

 クローディアはなるべく恐怖を意識しないように、レオンハルトを守るためにその間に立ちはだかる。

 レオンハルトは叫び声一つ揚げず、じっとその場に留まっている。


「絶界氷壁」


 抑揚のないハクアの声がクローディアの耳に届く。

 すると、肌を刺すような冷気とともに、クローディアたちと魔物の間に分厚い氷壁が現れた。

 クローディア側からは向こうにいる魔物がハッキリと認識できないほど、分厚い氷壁だ。

 クローディアが呆気に取られていると、向こう側から魔物の絶叫が響く。

 向こう側で靄のかかった塊が、次々と上下に切り裂かれていく。

 ハクアが魔物を切り裂いているらしく、魔物の絶叫は止まない。


「キサマ!! キさマキサマきサマァァァ!!!」


 配下の魔物が切り裂かれたことにより、二体の魔族が甲高い声でハクアに対して叫ぶ。

 それは悲痛と憎悪と憤怒、そして紛れもない恐怖が混ざりあった声。

 靄のかかった二つの塊の内一つが、人型の塊によって切り飛ばされた。

 ハクアが人族語を話す魔族の片方を倒したのだ。

 やがて、クローディアたちを覆っていた氷壁が解けるように消える。

 周囲には大量の砂が残り、ハクアの足元にだけ残った昆虫の魔族がうつ伏せになっていた。

 その下半身は氷漬けにされ、地面に這い蹲るように接着されている。


「お前らの親玉は」

「ギ、ギギギ・・・・・・ギャァァァァ!!!」


 ハクアが魔族の右手を切り飛ばした激痛で、魔族が絶叫した。

 クローディアは声を上げないように、自らの手で口を塞ぐ。


「キサら人族如キに・・・・・・、あノ方々ハ殺れナイ。魔王サマバンザイィィぃ!!」


 魔族は最期の力を振り絞るように叫ぶと、手の先から崩れ落ち、砂に変わった。




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