第17話 探し人は先住人!?

 

 ハクアが円盤に語りかけると、人の声が聞こえてきた。


『了解です、少々お待ちください』


 応答したのは男性の声だ。

 どうやら、あれは通信をするための物らしい。


『なんだハクア、なにかあったか』


 ややあって聞こえてきたのは、中年男性の低めの声だった。


(たぶん、この人が金騎士)


 金剛騎士団団長であり、王国騎士の中から選ばれた五百人からさらに選ばれた七騎士の一人。

 クローディアは、フィンに教えてもらった情報をきちんと理解していた。

 そして、クローディアを召喚士と見抜き、保護を指示してくれた人である。


「深緑の森に魔族が三体。内、一体が人族語を話した」


 ハクアが先程の出来事を簡潔に説明すると、金騎士はそれで状況を把握したようだった。

 金騎士は、ふーむ、とやや長い相槌を打った後、決断を下す。


『なるほど・・・・・・。わかった、捜索してくれ。こちらからも騎士を派遣するが、くれぐれも慎重にな』

「了解」

『召喚士のお嬢さんもいるんだろう。彼女に協力してもらえ。アレは持ってるか?』

「・・・・・・はい」

『では頼む。どちらでもいい、見つけてくれ』


 金騎士の切実な言葉を最後に、通信が切れる音がする。

 どうやら、会話は終わったようだ。

 クローディアは心配そうに覗き込むブラウを撫で、力が入るようになった足で立ち上がる。

 すると、ハクアの深い蒼の瞳がクローディアに向けられる。


「クローディアさん、協力して欲しい」


 その瞳の真剣さに、クローディアは反射的に答える。


「はい」

「説明する。・・・・・・二週間前、ここから徒歩一週間の距離がある東口付近で魔族による襲撃が起きた」


 ハクアが話し始めたのはギルドでイマリと話していた例の事件。

 ハクアはクエストの採取場所からかなり離れた位置での目撃情報であったため、ここなら安全だと踏んだのだ。


「それ以降、魔族の目撃情報はなかったから、撤退したものだと思ってた。この森に人族は住んでいないから、ここに留まる理由がない」

「けれど、今ここにこうやって魔族がいた・・・・・・?」


 クローディアの言葉に、ハクアが頷く。


「先の襲撃の際、被害にあったのは護衛中の小隊。小隊は壊滅し、護衛騎士に生存者はいなかった」


 自ら戦える騎士の護衛に騎士を付けることはほとんどない。

 非戦闘員の商人や要人など、国が護衛する対象がいるはずだ。

 クローディアの表情で、どこまで理解したのか察したらしいハクアは、その続きを言葉にする。


「そう、現在は護衛対象の安否が不明。けれど、魔族が長くこの森に留まっていたということを考えると・・・・・・」

「この森にその人がいるかもしれない、ってことですか?」

「うん。それで生死に関わらず、その人を見つけたい。それによって状況が動く。それで、クエストの内容とは違うけど、クローディアさんに協力してほしい」

「私にできることがあるんですか?」

「うん。君が契約するブラウにこれの持ち主を探してほしいとお願いしてほしい」


 そう言ってハクアが懐から取り出したのは、白いハンカチだった。

 端の方に綺麗な刺繍が施されている。


「これは・・・・・・?」


「その方が所持していた物。事件直前にその方からもらった物なんだ。俺の匂いもあるだろうけど、ブラウなら嗅ぎ分けられると思う」


 クローディアはハクアからハンカチを受け取ると、しゃがみこみ、視線を足元にいるブラウに合わせる。


「わかりました。・・・・・・ブラウ、このハンカチにあるハクアさん以外の匂いの人を探してほしいの」


 ブラウはハンカチを数度嗅ぎ、一声鳴き、歩き出す。

 そして、着いて来いと言わんばかりにこちらを振り返った。


「これは・・・・・・」

「わかるみたいだね。でもその前にクエストの薬草」


 折角ここまで来たのだし、とクローディアさえ忘れかけていた本来の目的を思い出させてくれる。

 そこでブラウに待ってもらい、手早く薬草をカバンに詰める。

 ちなみに、カバンの中のソールはぐっすりと眠っていて、起きる様子はなかった。

 薬草を詰め終わり、ブラウの後に続いて森の奥へと進んでいく。

 森を進んでいる間、クローディアはハクアに質問する。


「今探している方って、どういった人なんですか?」


 そこそこ身分が高い人というのは、先程の会話から予測できた。

 だが、明確にどんな人なのかは教えてもらっていない。

 だから教えてもらおうと思ったのだが、ハクアはうーんと悩む素振りを見せた。


「教えてもいいけど、知らない方が良いと思う」

「え?」


 思わずハクアの顔を見るが、冗談や意地悪で言っているようには感じない。


「終わったら教える」

「はい」


 ハクアがそう判断したならその方がいいのだろう、とクローディアは無理に聞き出さないことにした。

 それからはほとんど無言で、前を歩くブラウに続いて森を歩いた。

 森の中は虫や小動物などがいるだけで、とても静かだった。

 人の住む場所の外は魔族や魔物が犇めくものだ、とクローディアは思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。

 人族の敵ではない普通の動物が魔物と同じ地で生きているということ。

 では、動物は魔物や魔族にとって、どの立ち位置にあるのだろうか。

 時間がある時にハクアに聞こうとクローディアは思った。


「ワオーーーーン」


 先頭を進んでいたブラウが立ち止まって一声鳴いた。

 クローディアは辺りを見回してみたが、周囲にこれといった異変はない。


(ブラウが立ち止まったなら、ここになにかあるはずだと思うけど)


 ブラウが鳴いてから、これといった変化は特に見られず、静かな森であるだけだ。

 どういうことだろう、とクローディアがブラウに尋ねてみようとした時、ガサガサと草を踏み分ける音が聞こえだした。

 思わずハクアの様子を伺ったが、特に変化は見られず、音がする方に視線を向けているだけだ。


(ということは、害意とか危険はないってこと?)


 音はどんどん近くなってくる。

 やがてクローディア達のすぐ近くまで音が近づいた時、草むらからなにかが勢いよく飛び出た。


「!?」


 あまりに勢いがあったので、クローディアはビクリと肩を揺らした。

 だが、飛び出したものの正体がわかり、幾分か緊張が解ける。


「ガァルル」


 ブラウが話し掛けるようにしている相手は、二本角の牝鹿だった。

 ブラウに話し掛けられた牝鹿は、喉を軽く鳴らし、踵を返して元来た道を歩き始める。

 ブラウもまた、牝鹿の後に続くように数歩進み、召喚士に振り返った。


「バウ」


 着いてこい、ということらしい。

 クローディアとハクアは頷き合い、牝鹿に続くブラウの後を追うことにした。

 それから再び歩き出し、十分ほど経った頃、少し拓けた所に出た。

 そこには、ほどよく伸びた草花の絨毯の上に三つの切り株が並ぶようにある。

 瑞々しい木々によってほのよく日光が遮られ、ここまで来る途中に湧き水の出る小川もあったため、人が過ごしやすい空間がそこにあった。

 それを証明するかのように、切り株の上には先住人と思われる人物がいた。


(凄い可愛い・・・・・・)


 その先住人と思われる者は、小鳥や小動物と戯れるように手を差し出し、時に彼らを撫でる。

 クローディアたちから見える横顔は、幼さを残す整った顔立ちでありながらも、体から滲み出る清らかな美しさがある。

 くすんだ金の髪と切り傷のある肌ではあるが、その者の存在感と美しさは決して損なわれてはいない。

 所々ほつれ、破れてしまっている服を着て、そこがまるで楽園だと言わんばかりに微笑んでいる。

 ここの住民なのかハクアに聞いてみようと、クローディアが彼を見ると、彼の目は穏やかに死んでいた。


「は、ハクアさん?」


 あまりの反応に、クローディアがハクアに声を掛けると、その呼び声で切り株の上の先住人がこちらに気がついた。

 先に言葉を発したクローディアに視線が向き、そして、先住人はクローディアの傍らに立つハクアに視線を向けると、優雅に微笑んだ。


「迎え、ありがとうございますハクア」


 そしてその声掛けに対するハクアの返答はこうである。


「・・・・・・御無事でなによりです」




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