第16話 信じること、そして魔族襲来
「ブラウ!」
クローディアはブラウに呼びかけるが、四匹の攻撃を一手に受けれるほどの体勢を、ブラウはとれていない。
そのため、咄嗟にブラウを守ろうとして魔物との間にクローディアが滑り出てしまう。
しまった、とクローディアが思った時はもう遅く、このままでは魔物の鋭い牙によって、確実にクローディアは大怪我を負うだろう。
しかし、魔物の牙がクローディアに突き立つことはなく、それどころか四匹の魔物は塵のように崩れていった。
「・・・・・・」
あまりに突然の恐怖と出来事に、クローディアの心臓は今更ながら激しく鼓動を鳴らす。
そのクローディアと魔物を挟んだ対面に、ハクアが柄に手をかけた状態で立っている。
クローディアの突然の行動に驚きつつも、ハクアが魔物を倒してくれたのだ。
「ハクア、さん」
正面に立つハクアの表情は無表情でありつつも、どこか怒りを感じさせるものだった。
クローディアが恐る恐るハクアの名を呼ぶと、彼はクローディアを無表情で見下ろしたまま、口を開いた。
「クローディアさん」
「・・・・・・! はい」
自身の名を呼ぶ声が固く、冷たいものであることに、少しの恐怖を感じてしまう。
「ブラウが心配なのはわかる。けど、君が致命傷を受けてしまったら意味がない。俺はともかく、ブラウを信じることはできない?」
「そ、そんなこと・・・・・・」
咄嗟に否定しようとしたが、今の行動そのものが、ブラウを、ハクアを信じていないと言っているようなものだったことに気がつく。
それなのに、上辺だけの返事をしてしまってはいけないとクローディアは思い直した。
「ごめんなさい。私、ハクアさんやブラウのことを信じきれてなかったのかもしれません」
ハクアの強さは知っている。
既に一度、その強さで魔族から助けてもらった。
けれど、ブラウのことはよくわかっていない。
わかっているのは、自分の仕事を手伝ってくれた忠実な姿だけだ。
戦えるかなんてわからなくて、傷つく姿を見るのが怖くて、信じることもしないで自己満足で身を投げ出そうとした。
召喚士がいなければ、召喚獣であるブラウは力を行使することができない。
そんなことはとっくに教えられていて、クローディア自身も理解していたつもりでいた。
そう、つもりでいたのだ。
召喚士である自分が致命傷を受ければ、ブラウはここに居ることもできない。
護衛として付いてくれているハクアは、護衛対象である召喚士を守れなかったことになってしまう。
自分の軽率な行動で、彼らに迷惑をかけてしまうところだったのだ。
「ごめんなさい、本当にすみませんでした」
「・・・・・・わかってくれたならいい」
ハクアが怒っているのは、自分の立場を弁えないでの行動のことなのだと、クローディアは深く反省をする。
「でも、多分一つだけ伝わってないこと」
「?」
「クローディアさんに怪我して欲しくない、っていうのもあるから」
「え・・・・・・」
ハクアは出会ってまだ二日目の相手に対して、召喚士ではなく、クローディア個人のことを心配してくれたのだという。
ハクアはちらりと足元で大人しく座っているブラウを見やる。
「ブラウが。・・・・・・あと、俺も」
最後の言葉はとても小さく紡がれたが、近くにいたクローディアにはきちんと届いていた。
クローディアが驚いて彼の顔を見ると、ハクアは気まずそうに視線を逸らしている。
それがなんだか可愛くて、心配してくれたことが嬉しくて、つい笑みが零れてしまう。
「 ・・・・・・ありがとうございます。私も、ハクアさんが信じられないとか思ったことないです」
先程、訂正しきれてなかった分をハクアに伝えると、彼もまた嬉しそうに空気を和らげて頷いた。
クローディアが心の中で可愛いと思った瞬間、ハクアの表情が真剣なものに変わる。
その切り替えの速さに驚きつつ、クローディアはなるべく音を立てないようにし、息を殺す。
この場合は大抵なにかが起きている場合であると予想できるからだ。
「そのまま動かないで」
クローディアはこくりと頷く。
そのままの姿勢を保ち、なるべく音を立てないように待機する。
すると、クローディアにもギリギリ聞き取れる声で、ハクアが状況を話してくれる。
「魔族の気配がする。数は三。真っ直ぐここに向かってるわけではないけど、徐々に近づいてきてる」
ハクアの言葉に、ひゅ、とクローディアの器官が鳴った。
ハクアは周囲に視線を張り巡らせながら、気配を探りつつ、この状況について考えを巡らせる。
魔族は魔物の上位に当たり、魔物よりは個体数が少ない。
動物の姿ではなく、人型に近い魔族は魔物より遥かに強い存在だ。
だが、この付近で見掛けたという情報はなかった。
(騎士団に通達はなかったし、念の為にギルドに確認もとった)
この西口付近ではなく、東口付近での目撃情報はあったが、深緑の森は広大な森で、偶然ここまで来るとは考えにくい。
かつ、魔族が目撃されたのは二週間ほど前。
魔族の身体能力ならば、東口から西口まで通り抜けるのには一週間で事足りるだろう。
王都に攻撃を仕掛けることが目的ならとっくにしているはず。
となると、この森でなにかを探しているといった推測が妥当だろう。
(奴らが探しているのは間違いなく・・・・・・)
「クローディアさん」
ハクアがクローディアを呼ぶと、彼女は視線をハクアに向ける。
その眼に少しの恐怖が見えるが、それでも思考を乱すほどの恐怖は感じてはいない。
これなら大丈夫だ、とハクアは結論づける。
「魔族を迎え撃つ。このまま退くことも可能だけど、あれを野放しにできない」
クローディアは少し目を見張ったが、すぐに短く頷いた。
クローディアの心の強さに、ハクアは感謝しつつ、簡単な指示を出す。
「俺が片付けるから、君はブラウとソールと一緒にその場を動かないようにして」
この指示に、クローディアはソールの入ったカバンを両手で抱きしめ、ゆっくり深く頷く。
ブラウも、自分のすべきことをきちんと理解し、召喚士を守るように寄り添う。
彼一人で大丈夫なのだろうか。
クローディアがそう心配することはなかった。
なぜだかわからないが、ハクアなら、彼なら負けることはないと、根拠もなく思っているからだ。
クローディアたちがその場でじっと息を殺していると、やがて、ガサガサと草を踏み分ける音と共に魔族が姿を現す。
それは昆虫と人が融合したようなもので、大きな顎が特徴のバッタみたいな魔族である。
それぞれの大きさに違いはあれど、三体とも似たような姿だ。
魔族は三体ともなにかを探すように歩いており、正面に立つハクアたちに気がつくと、口々に言葉らしきものを発する。
なにを言っているかはわからない。
魔族は基本的に魔族語しか話せず、稀に人族語を話す個体がいる程度だ。
だが、彼らはほとんど例外なく人族を見つけたら襲ってくる。
「グギェェェェェ」
三体の内、二体が二手に分かれ、クローディアたちに向かって飛びかかる。
魔族の二体のどちらもがハクアの横を通り抜け、後ろで待機していたクローディアに攻撃を加えようとした。
「っ!!?」
クローディアは両側から魔族が突っ込んで来たため、逃げようとしてしまいそうになる。
が、寸でのところで最初にハクアから言われたことを思い出す。
ーー俺がいるから大丈夫。
彼の言葉を思い出し、クローディアは幾分かの冷静さを取り戻す。
(ハクアさんは私に動くなと言った。怖いからって動くことは違う!)
逃げ出そうとする足をしっかりと地に着け、目を閉じずに立つ。
二手に分かれた魔族が二メートル先まで迫る。
このままなにもなければ、数秒でクローディアは殺されるだろう。
クローディアの手が震え、唸るブラウの声が足元から聞こえる。
魔族が一メートルまで迫る。
その時、肌を刺すような冷気が辺りを包んだ。
「傷つけさせない」
ハクアの淡々とした声が耳に届く。
クローディアに向かって来ていた魔族が二体とも縦に切り裂かれる。
切り口から冷気漂う氷が広がり、切り裂かれた魔族の体を氷漬けにする。
「ギュエ! ギュエエエエ!!」
二匹が倒されたことにより、残った一匹が逃げようと駆け出そうとする。
しかし、既に足と地を氷で固められた魔族の足は動かず、劈く様な叫びが響く。
ハクアは魔剣を鞘に収め、ゆっくりと魔族に向かって歩く。
その間も、魔族の体は足から徐々に氷が広がり、ハクアが傍に行くまでに肩まで氷が迫っていた。
「人の言葉はわかる?」
「ーーーキサマらノキボウはツイエる! マオウさ、マ、バんザイ!!」
人族の言葉を話す魔族は少数だが、話せる個体がいたということは、計画的になにかをしていた可能性が高い。
人族語を話せる個体は希少であり、総じて人族と意思の疎通を図る際に連れてこられるからだ。
魔族が人族語を話したことにより、推測できる事態を絞り込んだハクア。
もう生かす必要は無いと判断し、トドメを刺す為、一度鞘に収めた魔剣に手をかける。
「・・・・・・そう」
ハクアは頭まで氷が到達し、全身が氷漬けになった魔族を胴付近で切り飛ばし、刀身を鞘に収めた。
「・・・・・・」
一部始終を見ていたクローディアは、魔族の殲滅により、一気に緊張が解かれ、その場に崩れるように座り込んでしまう。
一方、ハクアはその場で考えるように立っており、クローディアは座り込んだまま、彼を見つめる。
やがて、ハクアは懐から手のひらサイズの小さな円盤のような物を取り出した。
「・・・・・・こちら蒼騎士。金騎士に繋いで」
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