第15話 王都の外へ
東門では王都から出る人が列を作って並んでいる、ということもなく、割とスムーズに出入りが行われているようだった。
ハクアに先導され、クローディアは東門の端で通行証や身分証を確認している騎士へと近づく。
ハクアが歩くだけで、静かにざわめく人々にはいまだに慣れない。
二人が近づくと、東門の騎士がこちらに気がつき、敬礼をした。
「蒼騎士! これはこれはお疲れ様です。そちらはクローディアさんですね、お話は伺っております。身分証だけ軽く確認させて頂きます」
「お願いします」
騎士はクローディアのライセンスを確認した後、ハクアの徽章を確認する。
騎士団の徽章は、団長クラスや白金騎士団のものであればそれだけで身分を保証するものになるのだ、と別の門番が教えてくれた。
なんでも、そのクラスの徽章は複製不可の素材でできているとか。
その他に身分証となるのはギルド連盟が発行する名前付きのライセンス、王族貴族の有する家紋章、特例で出される国王陛下の身分証明書である。
「私は一介の騎士なので、ギルドライセンスを身分証にしているんですよ。それでは、行ってらっしゃいませ」
「教えて下さりありがとうございます」
「いえいえ」
門番にお辞儀をし、ハクアと共に東門の内門を通っていく。
ここから先は安全が約束された土地ではなく、一つ判断を間違えれば死すら有り得る世界である。
クローディアは不安が大きく占める胸に手を当て、そっと息を吐く。
すると、不意に少し前を歩くハクアが立ち止まり、クローディアを見た。
「大丈夫?」
「え?」
「いや・・・・・・」
なにに対しての言葉なのかわからず、クローディアはつい聞き返してしまった。
聞き返されたハクアは数度、視線を彷徨わせる。
どうやら言うか悩んでいるらしく、クローディアはその間静かに待つことにする。
そのクローディアの様子を見て、ハクアが飲み込みかけた言葉を口にすることにした。
「不安、そうに見えたから」
「!」
ハクアのその言葉は、クローディアにとって驚くものだった。
女性を苦手とするハクアは、クローディアに対しても業務上の言葉ばかりだった。
けれど、この言葉はきっとハクア自身の気持ちだろう。
そのことがわかったからこそ、クローディアもまた、正直に胸の内を曝け出す。
「・・・・・・そうですね。魔族や魔物が出る可能性があるということだったので、不安と緊張を少し。なにせ、戦闘などしたことがないので」
戦闘どころかまともにスポーツをしたことすら怪しい。
幼い頃は外で駆け回って遊んでいたが、歳を重ねるにつれて外で駆け回ることすらできなくなっていたのだから。
原因不明の病は日に日にクローディアの前の体を蝕み、弱らせていった。
「大丈夫」
「?」
「俺がいるから、大丈夫」
それは彼の素直な言葉なのだろう。
決して虚勢ではなく、過剰な自信でもなく。
ただの事実の上での励まし。
そんな彼の言葉に、クローディアの不安は静かに霧散していく。
(どうしてだろう。この人がそう言うなら絶対に大丈夫だって思える)
この世界に来て、彼と出会ってまだ二日目。
それなのに、クローディアは彼の言葉を信じることができた。
そして、クローディアはハクアに対して正直でいることができる。
「ありがとうございます。それなら安心ですね」
「うん」
自然と笑顔になったクローディアを見て、ハクアも少し微笑む。
その微笑みが前よりも身近に感じられ、クローディアは嬉しさと同時に何故か恥ずかしさが湧き上がった。
「お、王都の外が楽しみになってきました。行きましょう、ハクアさん」
クローディアは恥ずかしさを紛らわすように、王都と外を分ける門を繋げる橋を足早に進む。
急に早足になったクローディアの後を無表情に戻ったハクアが続く。
正面に見える外門を抜ければ、王都の外だ。
危険は沢山あるだろう。
けれど、クローディアの心に不安はない。
それどころか、ワクワクを感じられる余裕が生まれていた。
「よし、クエスト頑張るぞー」
「キュー!」
ガラにもなく声に出して気合いを入れたら、ソールまで同調してくれた。
そんな二人(?)をハクアが少し目を細めるように見守っていた。
「広い・・・・・・!」
東の外門を抜けると、そこには見たこともないくらい広大な世界が広がっていた。
見渡す限りの草原、流れる綺麗な小川、生い茂る森が自然の豊かさを象徴してる。
目を凝らして見ると、地平線にうっすらと街があるのがわかる。
あれは王都アスガルドとは別の街だろう。
「今回は、あの森で薬草採集。こんな形の」
ハクアに手渡された依頼書には、読むことのできない文字が書かれた下に薬草の写真が添付されている。
ミツバのクローバーを沢山くっつけたような草だ。
「これはなにに効く薬草ですか?」
ふと気になって、クローディアがハクアに尋ねる。
すると、この薬草を使うことの多いハクアは即答してくれた。
「これは滋養強壮が主。遠征や戦時に重宝される」
「へー。美味しいんですか?」
「苦味が強いけど、このまま食べるわけじゃないよ」
「あ、なるほど・・・・・・」
普通は摂取しやすいように薬師が煎じ、薬にしてしまう。
そうすることで苦味が抑えられ、摂取しやすくなるのだとか。
ちなみに、薬師も職業の一つで、ライセンスを取るには教育を許された薬師の元で修行を受けなければ会得できないものらしい。
薬師の他には、治癒魔法士(治療の専門者)、研究士、鍛治職人などの専門スキルが必要な職業が該当するとのこと。
つまり、前の世界での国家資格のようなものなのだろう。
「で、今回採りに行く薬草は前方右手に見える森"深緑の森"の西口付近。森の中は魔族が生息してるからブラウは召喚状態にして傍につけておいて」
「はい・・・・・・!」
ハクアに指示された通り、クローディアはブラウを召喚し、傍にいて守るってくれるように頼んでおく。
ブラウは任せてとばかりに一声あげ、クローディアにぴったりと寄り添うように歩き出す。
ちなみにソールはお昼寝してしまったので、大きめのショルダーバックに入れている。
歩いていても起きる様子はなかったので、大丈夫だろう。
外門から出て、草原を十分ほど歩くと段々と木々が多くなっていき、深緑の森の入口までやって来た。
ここから少し森の中に入ったところに薬草の群生地があるのだという。
深緑の森はとても静かだった。
時折、優しい鳥の鳴き声が聴こえ、小さな生き物が姿を見せるだけだ。
これなら戦闘になることはないかもしれない、とクローディアが肩の力を抜いた瞬間、前を歩いていたハクアが立ち止まった。
手で止まるように合図をされたので、クローディアと足を止める。
クローディアは不用意に声を出さず、ハクアの動向を見守る。
「薬草の群生地に魔物が五体」
「!?」
クローディアは周囲を静かに見渡すが、緑の木々が風で静かに揺れるだけで異形の者らしきものは見当たらない。
「ここから十メートル先の拓けた場所にいる」
クローディアにはわからないだけで、ハクアにはわかるのだろう。
つまり、街中で襲ってきた異形の者が五体もこの先にいるのは確実ということだ。
クローディアはドクドクと大きく音を立てる心臓を意識せざるを得ない。
「大丈夫。知能の低い魔物だし、ちゃんと守るから」
「・・・・・・はい」
「実戦経験にもなるし、一体はブラウに相手させよう。残りは俺が片付けるから。クローディアさん、魔物がギリギリ見える位置まで近づいたら、ブラウに一番近い魔物を攻撃するように指示をだして」
召喚士と召喚獣はなるべく近くにいた方が、力が出るため、遠くに隠れているわけにはいかない。
召喚士の戦い方について聞いた時、教えてもらったことを思い出す。
「はい」
「その後、俺の近くにいて」
ドクドクと早鐘を打つ心臓のせいで、声が上手く出なかったのでクローディアはコクリと頷いた。
声に出さずにハクアが進むことを指示し、ゆっくりと音を立てずに進む。
一歩一歩近づくごとに、鼓動が激しく高鳴っていくのがわかる。
やがて、クローディアでも魔物が視認できる位置までやってくると、ここで一旦止まることになる。
ハクアが先程言った通り、魔物が五体、拓けた場所で草を食んでいる。
どの魔物も四足歩行で、ブラウより一回り大きな小型の狼のような姿だった。
ブラウより大きいので、大丈夫なのかと思わず心配してブラウを見やる。
ブラウは静かに魔物を睨みつけ、臨戦態勢をとっていて、やる気満々だ。
「ブラウは小さいけど、風魔法も扱えるみたいだし、大丈夫」
「はい・・・・・・」
体の大きさだけでは強さは測れない。
ハクアはクローディアを安心させるために教えてくれた。
「じゃあ、ブラウに指示を」
クローディアはコクリと頷き、ブラウに目線を近づけるようにしゃがむ。
ブラウの目はしっかりと召喚士を見つめ、その指示を待っている。
やる気満々なブラウの姿を見て、クローディアもまた、腹を括る。
「ブラウ。ブラウは一番近くにいるあの魔物を相手してくれる?」
ブラウはきちんとクローディアの言葉を理解し、素早く頷いて尻尾を一度だけ振った。
「お願いね。・・・・・・ハクアさん、大丈夫です、行きましょう」
「じゃあ、合図したら魔物に近づくよ」
はい、とカラカラに乾いた喉で返事をするクローディア。
最後に深呼吸を一度だけし、心の準備を済ませる。
(大丈夫だ、大丈夫)
クローディアの心の準備を待っていたハクアは手で合図をした後、魔物に向かって駆ける。
クローディアも遅れないように、なるべく全力で駆けてハクアを追う。
「グギャァァァ」
ブラウが一番手前にいた魔物に飛び掛かり、その体に噛み付く。
すると周囲にいた他の魔物が、ブラウに襲いかかろうと飛びかかった。
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