第12話 混んでるけど、なにかありました?

 


 朝、昨日と同じように窓から差し込む朝日で目が覚めたクローディアは身支度を簡単に終わらせる。

 服の種類はなく、マリアがくれたものを着回すことになる。


(もう少し落ち着いたら日用品欲しいな)


 幸い、クエストで得た報酬がいくらかある。

 この世界の物価がどれほどなのかはわからないが、日用品を買うくらいはなんとかなるだろう。

 すぐには困るわけではないが、一応クローディアとて女の身であるため、身なりはそれなりにきちんとしておきたい。

 特に、これから当分一緒にいることになる相手の隣を歩くのに後ろ指さされないと自信ができる程度には。

 クローディアはまだ眠っていたソールを起こし、顔を布で軽く拭いてやってから、肩に乗せてやる。

 ソールは寝惚けているみたいだったが、大人しくクローディアの肩に掴まってくれた。

 クローディアは二階の部屋から食堂に下り、マリアに挨拶をしてから席につく。

 食堂内は昨日よりも人が多い。


(宿泊した人、多かったのかな?)


 ここは騎士団と契約しているとはいえ、宿屋だ。

 普通の宿泊者も利用しているし、朝食だけとりに来たであろう人も多い。

 しかし、昨日今日で目に見えるほど客数が増えるものなのだろうか。

 クローディアは首を傾げ、暫し考える。


(昨日今日で変わったことといえば、私が泊まり始めたってことくらいだけど)


 だが、自分が泊まるくらいで客数が増えるとはとても思えない。

 やはり、たまたま今日か昨日の客数がいつもと違っただけだろうと結論づけるクローディア。

 忙しそうなので、今日の朝食は自分で頼みに行けばいいだろうかと尋ねるため、マリアを探してみる。

 すると、他のスタッフと共に忙しそうにしているマリアが、クローディアとソールの朝食をお盆に乗せてやって来た。


「おはよう、クローディアさん。遅くなってごめんなさいね。これ、貴方たちの朝食よ」

「あ。ありがとうございます。忙しいのにわざわざすみません」

「いいのよー」


 忙しそうにしているマリアを、ここに引き止めるのもどうかとは思ったが、どうしても気になってしまってため、クローディアはこの混み具合について尋ねる。


「今日はなにか特別なことでもあるんですか? その、昨日より人が多いのが不思議で・・・・・・」

「あら、違うわー。ほら、昨日クローディアさんを迎えに来たでしょ、ハクアさん」

「え、はい?」


 たしかに昨日はわざわざ食堂まで迎えに来てくれた。

 けれど、それが今日の人の多さになにか関係するのか・・・・・・。

 そこで、クローディアはまさかのことに考えがいった。


「え、まさか。・・・・・・それだけで? というかファン、ですか?」

「そうよ。老若男女問わずにファンがいるの、ハクアさん。見た目のこともあるけど、昔から多くの人を助けているから」


 それだけ教えてくれると、マリアは業務に戻っていく。

 本当に忙しそうだ。

 それはともかく、ここまで人が押し寄せるほど人気なら、今日もハクアがここまで迎えに来るのは危ない気がする。

 早めに朝食をとり、表でハクアを待つべきだろう。

 そうと決めたクローディアは、朝食を手早く済ませ、ソールが食べ終わったのを確認したら、すぐに食器を返却し、部屋に戻って歯磨きを終える。

 ハクアが迎えに来てくれる時間が迫っていたので、クローディアは駆け足で、宿屋の表に出た。 

 クローディアはハクアが予定よりも早めに着いていることを想定し、通りを見渡すが、どうやらまだ来ていないようだ。そのことにほっとしつつ、いつ彼が来てもわかるように、宿屋を背にして通りがよく見えるように立つ。

 その間にも、宿屋から食事を終えた何組かの人が出てくる。

 そっと聞き耳をたててみると、人々は口々にハクア様、蒼騎士様、と言っているのが聞こえた。


(ほ、ほんとに人気だなぁ・・・・・・)


 ハクアが食堂まで来ないように、宿屋の表に出ていてよかった、とクローディアが息を吐く。

 これでもし食堂まで迎えに来てもらっていたら、騒ぎになっていたことだろう。

 それから数分もたたないうちに通りの向こうからハクアが歩いてくるのが見える。

 ハクアは宿屋の表にいるクローディアに気が付くと、不思議そうな顔をしてやって来た。


「俺、遅かった?」


 開口一番にハクアはクローディアが表に出ていたことについて、自分が遅かったかと尋ねてきた。

 クローディアは左右に首を振ってそれを否定し、余計な気を遣わせないように考えていた理由を口にする。


「いいえ、早く目が覚めたので、準備が早く終わったんです。それで、折角なので街の様子を見ながらハクアさんを待ってたんです」


 矛盾のない理由を用意できたはずだ。

 ハクアが女性不信であることは、クローディアはハクア自身の口から聞いていないわけだし、勝手に気遣われていることは知らない方がいいだろうと思ってのことだった。

 ハクアは少しだけ考えるそぶりを見せたが、なにも言わずに踵を返す。


「あ、ハクアさん」

「?」


 咄嗟に呼び止めたクローディアに、ハクアが振り返る。

 なにか用があるのかと、ハクアはクローディアの言葉を待っている。


「おはようございます、今日もよろしくお願いします」

「・・・・・・おはよう」


 しっかりと朝の挨拶をしたクローディアに、ハクアは少し驚きつつも挨拶を返してくれた。

 そしてそのまま、今日の予定を話し始める。


「お昼までは、クローディアさんの日用品を買うことにした」

「え?」


 突然どうしたのだろうか。

 昨日の時点では朝からDランククエストを受けて、王都外に行く予定だったはずだが。


「・・・・・・迷惑だった?」


 呆気に取られて反応のないクローディアに不安になったのか、ハクアが尋ねてくる。

 クローディアはなにか答えなければ、と咄嗟に思ったことを口にする。


「いいえ! とても嬉しいです。でも、昨日はそんなこと言ってなかったのでびっくりして」


 クローディアの疑問に、ハクアはやや沈んだ声で簡潔に答える。


「昨日、フィンに怒られた」

「え、怒られ・・・・・・えっ?」


 怒られるというのはどういうことだろうか。

 少し落ち込んでいるハクアの話によるとこうだ。

 ハクアはクローディアの護衛が終わった後、蒼玉騎士団に様子を見がてら寄っているらしい。

 そこで、昨日はフィンに会って、任務について話した。

 ここまではフィンもにこやかに聞いており、順調そうでよかったです、と微笑んでいたそうだ。

 しかし、明日の予定をどうするのか、と尋ねられハクアがクローディアに言った通りのプランを話す。

 昨日でかなりの数のクエストを終えたので、明日は一つ上のランクの採集系クエストを受けて、王都の外に行くつもりだと伝えたところ、フィンの目の色が変わったという。

 なんでも、身一つでこの世界にやって来た女性に、身の回りの物を整える時間も与えないなんて愚の骨頂、と説教されたとか。

 それで急遽、予定を変更して午前中を日用品の買い出しにしてくれたということだ。


「なるほど・・・・・・」

「フィンが言うには、俺は女性に対する気遣いが足らない、と。まだ一日だけで済んだけど、ごめん」

「え、ええ!? いえいえ、そんなとんでもない!」


 心なしかショボンとした様子のハクアは、クローディアに謝罪するが、クローディアが慌ててそれを否定する。


「ハクアさんはきちんと気遣ってくださってました。私が走り回って疲れた時とか、休憩を挟んでくれたでしょう? あれ、凄く嬉しかったです」


 クローディアが言った通りだった。

 昨日はほとんど一日中走り通しであったが、体力のないクローディアの体力作りも兼ねていたからたくさん走るのは仕方なかった。

 だが、ハクアはクローディアの体力をきちんと把握して、休憩を適度に挟んでくれた。

 そのおかげで、クローディアは体力がつくほど走っても、途中でバテることはなかったのだ。

 フィンの言う、女性に対する気遣いというのはハクアの女性不信も関係しているのだろうし、クローディアは仕方ないと思える。

 そしてなにより、クローディアが日用品を買い揃えるというのは緊急を要することでもない。

 もちろん、行けるというのはとても嬉しいし、とても助かる。

 けれど、すぐに行けなくても死ぬことは無いのだ。

 だからそれについては特に気にしていない。


「日用品を買う時間を作ってくださったのは凄く嬉しいです、ありがとうございます」

「・・・・・・うん」

「そういう物が売っている場所、案内していただいてもいいですか?」


 クローディアだけでは王都内で迷うことは間違いない。

 だが、ハクアが案内してくれるなら安心だ。

 クローディアは、自分がお願いする形でハクアに日用品の買い出しを手伝ってもらうようにする。

 自分がそうして欲しいから、ハクアが付き合ってくれるのだと。


「わかった」


 その思惑に気がついたかはさておき、ハクアは素直に了承してくれた。


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