第10話 体力がないと全力疾走はきつい。
クローディアたちはギルドを出てから道を何度か曲がり、賑やかな通りから少しずつ静かな通りへと移っていく。
十分ほど走っただろうか。
クローディアたちは、完全に表通りからは外れた、細い裏道へとやってきた。
表にある家々の裏にある通りだけあって、人通りはない。
ここでようやくブラウが止まり、クローディアは息を整えることができる。
走るなんてことは、久しぶりだったので、途中で足がもつれて転ばないかと心配であったが、なんとか無事に走ることができた。
(まぁ、ブラウが何度かこちらを待ってくれたからだけどね)
街中を走っている時、明らかにスピードの遅い召喚者を気遣うように、ブラウが何度もこちらを振り返っては待っていてくれた。
自分の召喚獣ながら、とても優しい。
息を整えている間、クローディアが傍らを見ると、息一つ乱れていないハクアがブラウのいる方向を確認している。
(ハクアさんにとってはジョギングにもならないんだろうな)
ハクアは騎士なのでこれくらいの走りなどなんでもないのだろう。
それに比べて、クローディアは十分くらい走っただけで、汗だくだくだ。
(体力、つけないとだ・・・・・・)
クローディアはこれから体力をつけようと決心し、息を整える。
ハクアは、クローディアが息を整えたのを確認すると、猫の捜索を再開しようと提案し、クローディアも頷く。
二人で尻尾を左右に振るブラウの元に行き、クローディアがその前にしゃがみこむ。
「ブラウ。猫はここにいるの?」
クローディアが尋ねると、ブラウは木箱やらゴミ袋が積まれた場所まで歩き、鋭く一声あげた。
すると鳴き声を上げて、物陰から猫が出てきた。
それも一匹ではない、十匹の猫だ。
「こ、こんなにいたの?」
「探してる猫は・・・・・・」
斑猫や三毛猫、茶猫や黒猫など、猫たちはそれぞれ外見が異なっており、探している猫はすぐに見つかった。
グレーの毛並みにアーモンドの形をした青の瞳。
「いた・・・・・・。ありがとう、ブラウ」
どういたしましてというように、ブラウは一声鳴くと、煙を一つ出して消える。
それと同時に、体からどっと力が抜ける。
(これが、召喚した際に魔力を使うってこと?)
ブラウを召喚し、力を借りただけでこれほど疲れるのは想定外だった。
これでは、戦闘になったら真っ先に狙われて終わる。
体を鍛えて体力をつければなんとかなるのかはわからないが、体力作りを再度心に決めたクローディアであった。
(猫、捕まえたことないけど逃げられないようにそーっと・・・・・・)
探し猫を怯えさせないように近づき、優しく抱き上げたところで、ギルドまで戻ることにする。
人に慣れた飼い猫だったため、逃げられることも、ひっかかれることもなくギルドまで戻れた。
後はギルドの受付に、探し猫を引き渡したらクエスト完了だ。
イマリはいなかったため、別の受付の人に猫を引き渡し、報酬を貰う。
探し猫の報酬は5000G(ゴールド)だ。
ちなみに、この世界の通貨はGのみで、他の国に行ってもこのまま使用できる。
1G、5G、10G、50G、100G、1000G、5000G、10000G、100000Gとそれぞれ大きさや刻印の違う硬貨が種類としてある。
前の世界のように紙幣はなく、全て硬貨が通貨として出回っているらしい。
クローディアはハクアに報酬の半分を受け取って欲しいとお願いしたのだが、「騎士団から給料を貰うのでいらない」と断られた。
それでも、と懇願したのだが受け取ってもらえず、ついには先にギルドから出て行ってしまった。
「なんだか、思ってたより早く終わりましたね」
「うん」
慌ててハクアの後を追い、クローディアもギルドから外に出て彼に話しかける。
クエスト完了時点ではお昼になったばかりだった。
ハクアもこれほど早く終わるとは思っていなかったらしく、二人で昼食をとった後に新しいクエストを受けることにした。
先ほど依頼料としてこの世界の通貨を貰ったため、食事をこれから誰かに奢ってもらう心配はなくなりそうなのでクローディアはほっとした。
昼食をとるといっても、クローディアには場所もなにもわからないため、ハクアについて行くことになる。
何系が食べたいと聞かれても、どうとも言えないために、ただついて行くだけだ。
「・・・・・・ここ」
「え、ここは・・・・・・!?」
ハクアが連れてきてくれたのは、この世界に初めて来た時に出てきた場所だった。
石や木製の建物が所狭しに立ち並ぶ少し狭いレンガの道。
そしてそこにある建物には、木製の屋根にこれもまた木製のシンプルな椅子とテーブルかある。
前はそこの椅子にギルドマスターシノノメが座っていた。
「ここ、ですか?」
「そう。ここはあまり人に知られてないとこだから、静かに食べれる」
そう言って、ハクアは店の中へと入っていく。
彼の後ろについて店の中に入ると、確かに昼時というのに店内に人はほとんどいない。
カウンターの中には眼光が鋭く、白髪の混じった男性店員が一人いた。
店員は、ハクアに気がつくとぶっきらぼうに「いらっしゃい」とだけ呟いた。
ハクアがカウンターに座ったため、クローディアもその隣に遠慮がちに座る。
ハクアがメニューを渡してくれたが、クローディアは文字が読めないため、メニューを見ただけではわからない。
ちらりとハクアを見ると、彼もこちらを見ていたらしく、パチリと視線が合う。
「う・・・・・・」
視線が合ったことに、たじろぐクローディアであったが、彼の瞳に意識が向いてしまうと、たじろぎさえ忘れてしまう。
相変わらず綺麗な瞳だな、とその深い蒼の瞳に対する感嘆していると、ハクアがかけてきた言葉が聞き取れなかった。
そのことに気がついたのは、彼の唇が僅かに動いた後だった。
惚けていて聞き逃してしまったと、若干焦るクローディアを見て察したのか、もう一度彼は言葉を繰り返してくれた。
「何系食べたい?」
「え、あ・・・・・・」
何系が食べたいのか。
ハクアは文字の読めないクローディアに気が付き、代わりにメニューを選んでくれるつもりらしい。
(何系とは、肉とか魚、パンっていう質問を指すんだろうけど)
この世界の料理水準は前の世界と近しいものがあるのは、マリアの食事を食べたためにもうわかっている。
だから、肉も魚も野菜も、前の世界と似たようなものが提供されるだろう。
「それなら、えと、卵系があるならそれをお願いしたい、です・・・・・・」
自分の食べたいものをあまり親しくない人に口にするのはなんとなく抵抗がある。
なんとも言えない照れくささのようなものを感じてしまうからだ。
「わかった」
しかし、ハクアは全く気にすることなく、店員に二人分の注文とソールの分も注文をしてくれた。
クローディアはそのことに謎の安心をして、力が抜けた。
注文を終え、店員が奥に引っ込んだため、クローディアはハクアに礼を言う。
「ありがとうございます」
「うん」
会話終了である。
(話題を、なにか話題を・・・・・・)
相手の反応が気になるタイプのクローディアは、親しくない人との沈黙は大いに苦手である。
そのため、脳をフル回転させ、何か聞きたいことがないかと必死に探す。
「そういえば、次受けるクエストはどういうものにするかとか決まってますか?」
昼食をとったら新しくクエストを受注すると言っていた。
初めてのクエストはクローディアが召喚魔法を初めて扱い、召喚獣と連携をするために選んだものだ。
召喚魔法でブラウを喚び出すことは問題なさそうだし、次の課題へと移るのだろう。
「次は、王都内を走り回る」
「ん?」
走り回る、と言ったのだろうか。
クエストで走り回るとは一体どんな内容なのか、予想しづらいが、配達系とかそういうことだろうか。
「配達系のクエストを次々受けて、王国内で届け回る。それで、体力もつくから」
「あっ・・・・・・」
ハクアは最初にブラウを追いかけて走った時のことをよく見ていてくれたのだ。
ギルドから探し猫の場所まで、駆けて行った時間は十分程度。
それも、ブラウが遅れるクローディアを待ちつつ走った時間だ。
それだけで完全に息切れしていたクローディアに、ハクアは気がついてくれていたのだった。
クローディアの体力のなさを見抜き、クエストの実績を積みつつ、体力向上を行える内容を考えてくれた。
(ハクアさん、騎士団をまとめているだけあって、よく見ていてくれてる)
そのことに恥ずかしさをやや感じるも、ハクアにお礼を言う。
「え・・・・・・、うん、どういたしまして」
お礼を言われるとは思っていなかったらしく、ハクアは少しだけ驚きの表情を浮かべた。
そしてその後に、微かな笑みをクローディアに向けてくれた。
(うっ、わぁ・・・・・・)
クローディアはなんとも形容し難い恥ずかしさと、気分の高揚を感じる。
恐らく本人にとっては、まったくの無意識下で、しかも表情を和らげる程度の微笑みだったのだろうが、その破壊力は言うまでもなかった。
彼が女性不信であることを知った今では、それがどんなに貴重なものなのか。
なにはともあれ、ハクアのファンに知られたら嫉妬の嵐だろう。
クローディアは少しだけ背筋の凍る思いがした。
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