第9話 はじめてのクエストは
二人がギルドの中へ入ると、カウンターに見慣れた姿がある。
薄い茶髪からぴょこんとした愛らしい猫耳がある少女、イマリだ。
彼女はクローディアに気がつくと嬉しそうに微笑んだ。
「おはようございます、クローディアさん」
「おはようございます、イマリさん」
イマリの耳がぴょこぴょこと動いていて、とても可愛い。
「本日は・・・・・・蒼騎士と一緒に御用ですか?」
イマリはクローディアの後ろに視線を向け、二人の用向きを尋ねる。
「えと・・・・・・」
クローディアがちらりとハクアを見ると、彼はクエストを受けに来たと一言だけ話した。
それだけで伝わるのかと不安になったが、イマリはきちんと理解してくれたようだった。
すぐに紙の束をパラパラとめくり始める。
「クローディアさんのレベルに合わせるということでよろしいですか?」
イマリがハクアに尋ねる。
ハクアは頷くことでそれに肯定の意を示した。
クローディアは、自分が冒険者になったばかりなので、ハクアとは受けるクエストランクが違うのだろうと思っていると、イマリが説明をしてくれる。
「クローディアさんは冒険者になったばかりなので、Eランククエストを受けていただきます。・・・・・・クエストランクは大きく分けてSS〜Eまであります。高難易度のSSは依頼数が少なく、低難易度のEは依頼数が多いです。SSランクを頂点として、そこからピラミッドを作っていただくとわかりやすいかと」
イマリの説明は簡潔でわかりやすい。
その後もイマリは簡単にクエストについて説明してくれた。
クエストのランクはSS、S、A、B、C、D、Eまであり、SSに近づくほど危険度が高くなる。
この場合の危険度とは、命の危険を指す。
つまり、安全なエリアでの採集や配達はEランクなど低い難易度に分けられるが、魔族や魔物と戦闘するものは難度に応じてSランクAランクなど高ランクに分けられる。
SSランクは本当に実現が困難なクエストのみが分けられ、ほとんど達成する冒険者はいないという。
冒険者ランクにもSSからEまであり、同ランクのクエストを一定数こなした後に、ひとつ上のクエストを受けれるようになる。
ここでさらにひとつ上のクエストを一定数こなし、昇格試験を受け、合格するとランクを上げることができる。
冒険者ランクが上がると、ギルド連盟からランクに応じた特典が受けられる。
特典はギルド連盟に加盟している道具屋や鍛冶屋などの施設でランクに応じたサービスを受けられるなどだ。
冒険者は最初、EランクからスタートするのでクローディアもEランクスタートだ。
「クローディアさんは召喚獣の力を馴染ませる必要があると思うので・・・・・・猫の捜索とかいかがでしょう?」
「猫の捜索・・・・・・」
クローディアが前の世界でもやったことのないことだった。
(そういうものをやるのは警察とか、探偵とかの仕事だと思う、たぶん)
だが、この世界では初心者冒険者がやることらしい。
「それならクローディアさんと召喚獣の訓練になるか・・・・・・。でも、ソールじゃ手分けして探す、とかは無理・・・・・・だね」
ハクアがクローディアの肩で眠るソールを見やる。
ソールは雛鳥だからか、一日の大半を寝ていることが多いし、起きていても一体で単独行動ができると思えない。
なにせ、歩くことすらままならないのだ。
「それでしたら、クローディアさんはもう一体契約されるのがいいかと」
イマリからの提案にハクアが同意したため、クローディアは新たにもう一体契約することにした。
先日と同様にギルド奥の部屋を使わせてもらい、召喚を行う。
ハクアとイマリが見守る中、床に陣を描き、誓言を口にする。
不思議なことに誓言は紙を読まなくても口から滑るように出てきた。
前ほどではないが、眩しいほどの光とともに召喚獣が呼び掛けに応じて現れる。
この際、ソールの時とは違って力が少し抜けたような感覚があった。
光と共に現れたのは子犬ぐらいの大きさの召喚獣だった。
目は逆三角で鋭く、フサフサとした茶色の毛をもっている。
その口からのぞく尖った牙は、小さいながらも戦闘ができることを窺わせる。
クローディアはこの召喚獣をブラウと名付けた。
理由は茶色の毛並みを持つから、と単純なものだ。
「この召喚獣は記録に残っていました。嗅覚や俊敏さによる探索が得意で、戦闘も行える個体ですね」
「今回のクエストにはピッタリということですね、よろしくブラウ」
「ガァー」
新たな召喚獣ブラウは、一声あげると煙を一つだして消えた。
「召喚獣は召喚しているだけで魔力を使うので、力を借りる時以外は元の場所にいてもらうのが普通のようです。昨日得た情報なので恐縮ですが」
「え、でも、ソールは・・・・・・」
肩上でスヤスヤと眠るソールは、召喚して以来ずっと一緒だ。
魔力というのがよくわからないが、召喚状態だと魔力を消費するということではないのだろうか。
「魔力については俺が後で教えるけど・・・・・・。ソールを召喚してからなにか身体に異変とかはなかった? 気怠いとか眠いとか」
ハクアに聞かれて、クローディアはソールを召喚してからのことを振り返ってみる。
「特に、そういうことは・・・・・・。でも、ブラウを召喚した時は少し力が抜けたような感じがしたんですが、ソールの時はなかった、と思います」
ソールの時は初めての召喚だったから、緊張が強くて感じれる状態でなかった可能性もあるのかもしれないが。
「ソールが自分の魔力を使ってここにいるのか、そもそも魔力を必要としない個体という可能性もあるけど・・・・・・。召喚獣に関してはまだまだわからないことが多いから、ソールみたいな個体がいても不思議ではないと思う」
ハクアがソールを起こさないようにそっと撫で、召喚士について教えてくれる。
召喚士の数が少なすぎて、召喚獣には謎が多い。
そもそもどこに住んでいるのか、なぜ召喚士の素質をもつ者にしか呼応しないのか。
その全てが謎に包まれているのだ。
わかっていることといえば、この世界のどこかに実在するものを召喚獣として喚び出し、力を借りていること。
召喚時の死は、死亡となり二度と召喚できないということ。
召喚獣の喚び出しと、喚び出している間は召喚士の特殊な魔力が必要であることだけである。
「召喚獣も全てを把握できてないし、召喚士の魔力がなくても召喚状態になれるタイプもいるのかもしれない」
なんにせよ、よく分からないというのが現状らしい。
「召喚士については、今後も解明されていくでしょう。それでは無事に召喚できたわけですし、お二人はEランククエストを受けていただくということで受理しました。クエストの詳細はこちらです」
イマリが差し出した数枚の紙には、探している猫の特徴やいつ頃から姿が見えないのかなどの状態が記載されているらしい。
文字が読めないクローディアはハクアに口頭で教えて貰った。
「王都からは出られないし、街中をウロウロしてるんだと思う。さっきの召喚獣を上手く指示して探索すればすぐ発見できると思うけど」
王都から出るには門を通るしかない。
だが猫といえど、検問にひっからずに外に出られるとは思えない。
「なるほどです。ところで召喚獣を指示って・・・・・・。言葉は通じるんでしょうか?」
「ソールは言葉分かってるみたいだし、たぶん平気」
召喚してみてから普通に言葉で猫の特徴を教えてあげれば、というハクアの提案に従い、召喚獣ブラウを召喚することになった。
まずは、召喚獣を召喚するやり方だ。
「召喚するには体内の魔力を召喚獣の名にのせればできるらしいけど」
「体内の魔力・・・・・・?」
召喚自体はできているため、クローディアに魔力がないということはないはずだが、魔力と言われてもピンと来ない。
「説明するの苦手だから、手を出して」
ハクアに言われた通り、左手を出すクローディア。
ハクアがその手を取ると、途端に背中がぞくりとするなにかが感じ取れた。
「こ・・・・・・れが?」
「俺のはよく、冷たいと言われるから、クローディアさんは少し違うと思うけど。こんな感じの流れをイメージして、体の中心から引っ張るような感じで」
(体の中心に意識を集中させて・・・・・・)
クローディアが瞼を閉じ、体の中心に意識をめぐらせると、確かに自分の中に知らない力が流れている。
先程、ハクアから流れてきた力とは違い、温かさを持っているが、それと本質は同じものだと直感的にわかる。
これを言葉にのせるように流すイメージを行う。
「魔力の流れができてる、そのまま召喚獣の名を呼んで」
ハクアに言われた通り、イメージを途切れさせないように、召喚獣の名を呼ぶ。
「ーーブラウ」
先程召喚した、茶色の獣を思い浮かべながら呼んだクローディアに呼応して、目の前に光が生まれる。
光が霧散するように消えた場所にいるのは紛れもなく、召喚獣ブラウだった。
「嘘・・・・・・できた」
目の前のブラウに手を伸ばすと、きちんと触れられる。
本当に召喚ができていた。
「召喚する時は、今の感覚を忘れずにやれば大丈夫」
召喚の成功を見届けたハクアは、少し満足そうに言った。
そして、ブラウに探し猫の特徴を伝えるようにと言う。
クローディアはブラウに探して欲しい猫の特徴を伝え、依頼書についていた猫の玩具を目の前に出す。
「ガァ」
ブラウは猫の玩具の匂いを嗅ぎ、一声挙げた。
早速、探しに行ってくれるそうだ。
ギルドの外へと歩き出すブラウの後に続くため、クローディアとハクアはイマリにお礼を言って別れる。
ギルドを出たところで、ブラウが元気よく駆け出す。
もしかして、既に猫を見つけたのだろうか。
「とりあえず、追いかけよう」
ハクアの言葉通り、駆け出したブラウの後を追った。
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