第8話 はじめての朝

 

「ん……」


 顔に直接明るい光が当たり、クローディアの意識が覚醒しようとする。

 クローディアは一度寝返りをうち、更なる睡眠へと入ろうとするも、一人の言葉が頭をよぎる。


『ーー明日の朝迎えに行く』

「朝って何時のこと!?」


 クローディアはこれ以上微睡んでしまわないよう、勢いよく上体を起こした。


「あ、れ・・・・・・?」


 クローディアは上体を起こした体勢で、一瞬呆気にとられてしまう。

 そこは見知らぬ場所だったからだ。

 だが、すぐに昨日の出来事を思い出し、冷静になる。


(ここは自分の家でも病室でもない。まったく新しい世界の初めての部屋だ)


 昨日は風呂から上がって身支度を整えた後、ベッドで横になってそのまま眠ってしまったのだ。


「何時に来るかは、ハクアさん言ってなかったよね」


 朝の何時と明確に言われてない以上、相手が来る前に身支度を整えておくのがベストだ。

 相手に来てもらうのに、待たせるのは心苦しいと思うのがクローディアである。

 クローディアはベッドから降りて、身支度を整える。

 衣服は昨日、マリアが用意してくれた服を着る。

 トップスは白の布地に茶色の刺繍が入ったブラウス。

 女性らしさを出すための薄緑色のミニスカートに、動きやすいようにと黒のボトムスだ。

 顔は化粧道具がないから、水洗いして拭くだけ。

 顔面補正がかかってくれたおかげで、化粧しなくても外を歩けるレベルなのが嬉しい。

 髪の毛は寝癖を水で濡らして梳かすだけだ。

 クローディアは簡単な身支度を終え、ソールを起こして部屋を出る。

 この宿屋では朝食と夕食が提供される。

 そのことは宿屋と契約を結んでいる騎士団団長のハクアなら知っているだろう。

 なので宿屋に迎えに来てくれても、先にカウンターに寄ってくれるはずだ。

 クローディアが食堂へ足を運ぶと、マリアが気づいて、朝食を用意してくれた。

 サラダに目玉焼きとベーコン、そしてほどよく焼けた食パンだ。

 もちろん、ソールの分の食べ物も用意されている。


「マリアさん、この卵?ってなんの卵なんですか?」


 まさか鶏ではないだろうと思い、それとなく聞いてみたクローディア。

 マリアからは意外な答えが返ってくる。


「それはね、ウケッコーっていう白くて、赤ちゃんくらいの鳥が産む卵よ。異世界にはいないのかしらね」

「……えーっと、はい」


 マリアがどこまで知っているのかわからなかったが、クローディアが異世界人ということは知っているらしい。

 異世界人ということを軽々しく公言していいものなのだろうか。


「心配しないで大丈夫。貴女の分からないことをスムーズにサポートできるよう、口伝で教えられただけよ。だから、あまり公言はしないようにね」


 クローディアの表情から察してくれたのか、マリアが事情を教えてくれた。


「異世界人というだけで希少だから、人身売買にかけられる可能性が高いわ。だから、貴女のことは限られた人しか知らないはず。私に教えてくれたのも金騎士本人だし」

(金騎士……。ハクアさんとフィンさんの話にも出てきた人だ)


 二人の話には出てきたが、クローディアは実際に会ったことがない人である。

 召喚士だと見抜いた人だし、向こうは一方的にクローディアを見たのだろうが。


「さて、お話は終わりにして、早く食べちゃいなさいね。ハクアさん、そろそろ来るわ」

「え……? わ、わかりました、いただきます」


 迎えに来てくれて、まだ自分が食事中なのは申し訳ない。

 そう思ったクローディアは、まだマリアに聞きたいことがあるも、朝食を頂くことにする。

 クローディアが食べ始めたのを見て、脇でソールもお皿の上の朝食を食べ始めた。

 クローディアはしっかりと味わいつつも、急いで食事を終える。

 その直後、食堂が静かにざわめいた。

 ちなみに、この宿屋の食堂は宿泊客以外にも営業しているため、食堂内はかなりの人がいる。

 食べ終わって一息ついたクローディアは、不思議に思って食堂の入口に目を向ける。

 そこには、昨日よりだいぶカジュアルな服装になっている美男がいた。


「あ……」


 彼はクローディアに気がつくと、横まで歩いてきて、無表情のままクローディアを見下ろす。

 彼の無表情は、造り物より造り物に見えてしまい、少し恐ろしい。


「ハクア、さん……?」


 恐る恐るクローディアが呼びかけると、彼が反応してくれる。


「おはよ」

「おはようございます……」


 無表情の中に少しだけ、彼の感情が生まれ、造り物に見える恐ろしさが消えてくれる。


「食べ終わった?」

「はい」

「じゃあ、身支度したら戻ってきて。この子は見とく」

「キュッ」


 ハクアに言われてソールの様子を見ると、まだご飯を食べ終えていなかった。

 ソールが食べ終えるのを待つより、クローディアがさっさと歯を磨いて鞄を持って戻ってきた方がいいのは明白だ。


「わかりました!」


 ハクアにソールを任せ、クローディアは歯を磨くために部屋へと戻る。

 ちなみに、この世界にも歯ブラシと歯磨き粉はきちんと存在している。

 歯を磨く習慣も、もちろんある。

 部屋に戻って、歯を磨いた後、鞄を引っ掴んでクローディアは食堂へと戻る。

 すると、食堂に入る前にすれ違った女性二人組が興奮気味で通り過ぎて行った。


(なんだろう……?)


 クローディアは疑問を持ちつつも、食堂へと入る。

 すると、そこには明らかに疲れた様子のハクアがいた。


「ど、どうしたんですか」

「なんでもない……。行こう」


 明らかになんでもなくはないのだが、ハクアは話す気がないらしい。

 若干フラフラと食堂を出ていくハクアをクローディアは見送る。

 なにがあったのか心配になり、少し離れたところにいたマリアに助けを求める。

 すると、マリアは苦笑しつつもこちらに来てくれる。


「彼、見た目がとてもいいでしょう? だから、女の子たちに囲まれて疲れちゃったのよ。ハクアさん、女の子苦手だから」

「え……そうなんですか?」


 その割には、クローディアには結構普通に接してくれているような気がするが。


「あら、まだ聞いてなかった? 昔、女の子に色々されて苦手になっちゃったみたいよ」

「色々って……」

「尾行、押し掛け、血液入りお菓子などなど」

「……」


 たしかに、怖い。

 やられたら人間不信になりそうだ。


「それ以来、仕事で相手に接するならともかく、私事で接するのは無理みたい」


 マリアはにこやかに笑っているが、笑える内容ではない。

 しかし、仕事だからクローディアと話すことができているらしい。

 たしかに、護衛対象は仕事相手といってもいいだろう。


「見た感じ、クローディアさんはそういうタイプじゃなさそうだし、仕事関係なくても話せるようになりそうだわ」


 頑張ってね、とマリアは微笑むが、そもそもクローディア自身もハクアが苦手なので、正直難しい感じがする。

 でも、ある程度仲良くなった方が、この先お世話になるとしてもスムーズに話が進むだろう。


「が、頑張ります・・・・・・」


 クローディアは、マリアにやる気を表明しておき、ハクアの後を追って、食堂から出ていく。

 もちろん、お腹いっぱいになってウトウトしていたソールを抱き上げるのを忘れずに。

 ハクアは宿屋の脇の小道でクローディアを待ってくれていた。

 クローディアはハクアの所まで早足で向かう。


「・・・・・・えと、お待たせしました。これから、どちらへ向かうのですか」


 先程、マリアとハクアの話をしたため、クローディアは少し意識してしまっていつも以上に丁寧に話してしまった。

 だが、ハクアは大して気にしておらず、普通に答えてくれる。


「ギルドクエストを受けに、白火の断罪に行く」

「クエストはギルドでしか受けられないのですか?」

「うん」


 端的にハクアが答える。

 これは確かに、仕事上話しているといった感じだ。

 問に答えるだけで、そこから先に話が広がらない。


(会話のキャッチボールが続かないやつだ、これ)


 クローディアは数少ない対人経験からそのことを理解した。

 だがこれが、元々の彼の性格なのか、女性が苦手だから会話が続かないのか判断できない。

 かといって、あまり早急に距離を詰めようとしても、嫌がられる予感しかしない。


(まぁ、そんなに急がなくてもいいか)


 そう結論したクローディアである。

 クローディアはハクアにと共に白火の断罪へと向かう。

 マリアの宿屋からギルドまではそこそこ距離があるようだ。

 少なくとも十分近くは歩いている。


(意識して街の人を見てみると、確かにハクアさんを見つめて頬を赤らめる人が多い・・・・・・)


 道を歩くだけでこんなに注目を浴びる人っているのか、と思う。

 前の世界では芸能人といった人物が映像媒体で人目に触れる機会が多かったため、街を歩くだけで騒がれるというケースはあった。

 しかし、この世界には少なくともテレビは存在しなかった。

 蒼玉騎士団団長だから知名度は高いとは思うが、今のハクアは騎士団長という服装ではなく、ただの冒険者といっても納得出来る簡易な服装をしている。

 昨日のしっかりとした鎧ではなく、動きやすさを重視した軽装だ。

 だから、服装だけでは騎士団長だとわからないだろう。

 なのに街の人は皆、彼を注目し、見ただけで頬を赤らめる。

 女性だけではなく、老若男女問わずに。

 当の本人は、その熱視線を見事に無視しているが。

 おそらく気がついているけれど、わざと無視しているのだろう。


(綺麗すぎる人も大変なんだな・・・・・・)


 クローディアはそう同情せざるをえなかった。

 それからも周囲からの熱視線は収まらず、二人はギルドに向かって歩く。

 時折、クローディアに刺さる冷たい視線は勘違いではないだろう。

 少しいたたまれない気持ちになりながらも、クローディアはギルドに着いたことで大いにほっとした。


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