第7話 初めてのご飯、そして現状整理

 


 外はすでに薄暗くなっており、詰め所内の騎士にも会わない。

 おそらく、既に帰宅した者が多いのだろう。

 二人は詰め所を出て、これからクローディアが世話になる場所へと向かう。

 聞くところによると、そこは詰め所からそう遠くないそうだ。

 仕事をする大きな建物の多い地区からこぢんまりした建物の多い居住区に移る。

 道を歩く二人に会話はなく、クローディアはなんとなく気まずさを感じていた。


(私は話をするタイプじゃないけど、ハクアさんもそうなのかな)


 自分が気まずさを感じるだけならまだしも、相手も気まずさを感じていたら申し訳ない。

 そんなことを考えていると、ハクアが立ち止まったので、少し遅れてクローディアも立ち止まる。

 どうやら目的地に着いたようだ。

 そこは簡素な造りの木造二階建ての建物だった。

 正面に両開け扉があり、その両脇に見慣れない綺麗な花が鉢植えに植えられている。

 さらに、向かって右側に木製の階段があり、外から二階に上がる仕様になっている。


「ここ、ですか?」


 クローディアの問いかけに、ハクアは黙って頷く。


(なんというか……。親近感がある)


 木造の二階建てというのが、クローディアにとっては馴染みやすいものだった。

 前の世界では、木造の建物は既に少なくなってきていたが、それでも木という材料は馴染み深いものだった。

 ハクアが建物の中に入っていくので、クローディアもついて行く。

 そこは宿屋というより、普通の家に近かった。

 しかし玄関がなく、代わりにカウンターがあることから宿泊施設だと窺える。

 玄関については、この世界に靴を脱ぐ文化がないのかもしれないが。

 カウンター内には誰もおらず、ハクアがカウンターの上にある呼び鈴を鳴らす。

 すると、カウンターの奥にある通路から、人の駆ける音がした。

 奥から現れたのは妙齢の女性だった。

 焦げ茶の髪を横にしてまとめた大人びた雰囲気の美人だ。

 彼女はカウンターで待つのがハクアだと気がつくと、にっこりと微笑んだ。


「いらっしゃい、ハクアさん。珍しいわね、今日は……後ろの子の件で来たのかしら?」

「うん。手続きはしてる。彼女が空き部屋に入居する・・・・・・」


 言葉を切ったハクアがクローディアに視線を寄越したので、クローディアは自己紹介をしてほしいのだと察した。

 慌てて居住まいを正し、ペコりとお辞儀をする。


「よろしくお願いします、クローディアです」

「あらあら……えーっと、そうだったわね。二階の角部屋が貴女の部屋よ。初めまして、ここで宿屋を営んでいるマリアよ、よろしくね」


 マリアはカウンター内の紙の束を取り出してパラパラとめくった後、とても優しい声で自己紹介してくれた。


「じゃあ。俺は帰る。明日の朝に迎えに行くから準備しておいて。……マリア、彼女になにか食べるものあげて」

「え」


 突然の食べ物催促にクローディアは固まったが、言われてみれば、こちらに来てからかなり時間が経っており、なにも口にしていない状態であった。

 緊張の連続で、まともに空腹を感じられていなかったのだ。


「クローディアさん、ご飯食べてないの? じゃあ、簡単なものを用意するわね」


 マリアは夜も少し深けているということで、ガッツリな夕飯というよりも軽めの夜食を用意することを申し出てくれた。


「すみません、ありがとうございます」

 

 クローディアは、その申し出をありがたく受けることにした。

 ハクアはそれを見届け、宿屋から出ていく。

 クローディアは彼になんと声をかけていいのかわからず、そのまま見送ることになる。


「二人がどんな関係なのかなんて野暮なことを質問するつもりはないから安心して」


 野暮なこともなにも、特になにもないのだが、わざわざ話すことでもないし、どこからどこまで話していいのかクローディアには判断がつかない。

 やはりなにも話さず、クローディアはマリアに呼ばれて、ついていく。

 マリアは食堂に案内してくれた。

 この宿屋は、二階が個々の部屋であり、一階が食堂や風呂なのだと説明を受ける。

 風呂は宿泊者なら自由に使っていいが、清掃時間が朝九時から十一時まであり、この時間は使用できないとのこと。

 ちなみに食堂は朝七時から夜十一時までが営業時間で、今は夜九時頃である。


(時計も、時間の概念も前の世界と同じだ)


 概念が同じだと、混乱せずに済むためとてもありがたい。


「はい、クローディアさん」

「ありがとうございます。あの、今更なんですが私、今持ち合わせがなくて……」


 マリアが用意してくれたのは器に入ったスープと拳くらいの大きさの丸いパン。

 食事を用意しておいてもらって今更すぎるが、クローディアは絶賛文無しである。

 クローディアの告白に、マリアは目を丸くし、そして微笑む。


「なに言ってるの! お代は結構、と言いたいところだけど、蒼玉騎士団から当面の生活費は頂いてるわ。でも、騎士団にお礼を言うより、貴女が立派な冒険者になるのが一番のお礼よ、きっと」


 なんで騎士団から扶助を受けているのかとかは聞かない契約だから安心して、と言うマリア。

 聞くところによると、この宿屋は騎士団と契約を結んでいる宿屋の一つだという。

 マリアの言葉をしっかりと心に刻み、クローディアは目の前の食事に手を合わせる。


「……いただきます」

「? どうぞ」


 最初に口にしたスープは温かく、じんわりとクローディアの空っぽの胃を満たしてくれる。

 続いて手に取ったパンは、まだ温かく、齧る。

 そのパンの表面がサクサクし、少しだけ心が弾む。

 異世界での初めての食事。

 クローディアはきっとこの先、一生忘れることの無い瞬間だろうとぼんやり思った。





 マリアに部屋を案内してもらい、クローディアはこの世界に来て初めて一人になった。

 物の整理、といってもクローディアはなにも持っていないため、特にすることは無い。

 できることといえば、情報の整理だろう。

 クローディアは、備え付けのベッドに仰向けに転がり、天井を見上げる形になる。

 ちなみに召喚獣ソールは寝転がる前に、ベッドに座らせておいた。

 今はもう、ベッドに転がっていてぐったりとしている。

 クローディアは、ソールを軽くつついてから、現状について整理することにした。


「色々ありすぎたなぁ……」


 前の世界で眠るように息を引き取ったはずだったが、別の世界でクローディアという新しい名を与えられ、新しい人生を与えられた。

 なぜ、この世界スディナビアに来たのかはわからない。

 ただ、『運命を手に入れろ』と謎の声に言われただけだ。

 この世界スディナビアには魔法といった、前の世界ではないものが存在している。

 それだけでも仰天ものであるが、魔族と呼ばれる人間を害するものも存在し、それと戦う冒険者や騎士と呼ばれる職業が存在するという。

 冒険者や騎士は、それぞれ所属する組織は違えど、人間を守るために存在する職業である。

 その職業の中に、クローディアが適性のあった召喚士が含まれる。

 召喚士とは召喚獣や精霊と契約し、その力を直接借りる職業だ。

 身体能力などにまったく自信のないクローディアにとって、直接自分で戦う必要がないため、この適性があるのは幸いであった。

 しかも、召喚士は特殊な才能が必要なため、両手で数えられるほどしかいないという。

 希少さがあるため、国が当面保護してくれる待遇まである。

 この待遇の良さになにか裏があると感じるのは、考えすぎだろうか。

 たとえなにか裏があろうと、他に生きるすべのないクローディアにはどうしようもないのだけれども。

 召喚士として、冒険者登録したクローディアは、これから最低限身を守るレベルに慣れるまで、蒼玉騎士団団長ハクアが護衛についてくれることになった。

 正直、そんな凄い人を護衛につけるなど恐れ多いし、騎士団の迷惑になるのではと思った。

 だが、当の本人たちにそれほど困った様子は見られなかった。

 ゴロリとクローディアが体の向きを変える。

 護衛についてくれる蒼玉騎士団団長ハクアは、それはそれは美しい人である。

 艶がある綺麗な群青色の髪に、傷ひとつない白くて綺麗な肌、造りものの様に整った顔立ち。

 そしてなによりも、引き込まれそうなほど深い蒼の瞳が、彼の美しさを引き立てていた。

 彼には、魔族に襲われた時に助けて貰ったので、かなり強い人なのだろうと思う。

 当面は彼が守ってくれるため、命の危険はないだろう。


「命の危険は無い代わりに、緊張するけどね……」


 彼女は元来、自分に自信がない人間である。

 生まれながら治療法のない病に侵されていたことが判明し、人並みの生活など望めなかった。

 それは彼女が悪いわけではないと周囲は励ましたが、彼女にとってそれは自己肯定力を下げる要因になっていた。

 だからこそ、見目麗しい人間や、優れた人間に対してかなり臆してしまうのである。

 当然、それはハクアにも該当し、クローディアは彼に対して引け目を感じ、上手くコミュニケーションが取れずにいた。

 当面、共に行動することになるため、この問題は後回しにはできない。

 クローディアはハクアに対する引け目をどう解消していけばいいのか、わからない。


「まだどんな人なのかわからないのもあるのかな」

「キュー……?」


 契約者の弱音を聞き取ったからか、ソールが頭を上げて鳴いた。

 クローディアは、ソールの頭をそっと撫でる。


「ソール、ありがとう。まずは、相手のことを知って仲良くなるのが大事だよね。うん……、頑張ろう……」


 上手くコミュニケーションをとることができるのか、不安しかないがやらなければ変わらないことだ。


「さて! ソール、お風呂行こう」


 現状整理も終えたので、クローディアはマリアに教えて貰った風呂に行くことにした。

 ちなみに、着替えはマリアの着ていない服を貰った。

 本当にお世話になりまくりである。

 二階の部屋から外に出て、カウンターのあるロビーを通り過ぎて奥へ。

 先ほど夜食を貰った食堂を通り過ぎてもう少し奥に風呂がある。

 風呂場はいい意味での普通だった。

 浴場と脱衣所が分かれており、脱衣所には木製の棚と木製の籠が置いてある。

 そして、洗面所のような場所に鏡もあった。

 クローディアは、何気なくその鏡を見て、そして固まった。


「えっ!!!」


 そこには見慣れた自分の顔ではなく、どこか違いを感じさせる顔であった。

 間違いなく、自分の顔ではある。

 だが、細部が異なっているのだ。

 そう、端的に言ってしまえば、全体的にバランスよくなっている、だ。

 そもそも普通の普通だった特徴のない顔が、完成度上方向に修正されている。

 つまりーー美人に顔が寄っている!

 美人とははっきりと言えないが、人によっては美人だと言ってくれる顔だろう。

 普通の美人よりだ!


「この世界に寄ったってことなのかな。綺麗な人ばっかりだしね、ここ……」


 この世界に来てから会った人は、みな一様に顔面偏差値が高かった。

 平均値が高いからそれにクローディア自身も寄った可能性が高い。


(これは……、正直すごく助かる!!)


 前だったら化粧をしないと一ミリも自信の無い顔だったのだが、これなら化粧ができなくても外を歩ける。

 顔面偏差値が高いこの世界では、普通の顔だとしてもだ。


「キュッ!」

「あぁ、ごめんねソール」


 鏡の前で止まっていたクローディアを、不思議がったソールが鳴き声をあげたために鏡の前から移動する。


「顔のことばかりに気を取られてたけど、髪の毛もピンクになってたな」


 本来の髪の色は焦げ茶だったが、今は薄いピンク色に変わっていた。

 これも、この世界に来た影響だろう。

 たしかに、髪の毛の黒い人はあまり見かけなかった気がする。

 クローディアは、外見の変化について考えることをとりあえず終わりにし、風呂に入ることにする。


「……というか、ソールってお風呂大丈夫?」

「キュ?」


 雛鳥をどうやって風呂に入れるのかさっぱりわからないクローディアは、思わず肩上の本人(?)に確認をとってしまう。


「……まぁ、犬とか猫もお風呂に入れるみたいだし、大丈夫だよ、ね?」

「キュー」


 頼りない返事がソールからきた。

 まぁ、おそらく大丈夫だろう。

 クローディアは少しの不安を抱えながら、ソールを連れて風呂に入るのだった。

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