第6話 八つの騎士団
白火の断罪を後にしたクローディアとフィンは、騎士団詰所まで戻ってきていた。
だが、ハクアはまだ金騎士のところから戻っていたかったので、クローディアは応接間にて彼の戻りを待っていた。
フィンが言うには、今後の待遇などを決定するには、団長クラスの者がいないといけないらしい。
フィンも共に応接間で待っていてくれるため、この機会に色々と教えてもらうことにした。
肩に乗る召喚獣ソールを軽く撫でてやりながら、クローディアは質問をしてみる。
「そういえば、ハクアさんはお若く見えるんですけど、団長って凄いんですよね?」
「そうですね、白金騎士団でもかなり若い方ですが、その実力を見込まれて蒼玉騎士団団長に抜擢された方です」
「……騎士団ってここだけじゃないんですか??」
白金や蒼玉、と付くのなら他にいくつか騎士団があるということだろう。
クローディアの推測通り、フィンがそれを肯定する。
「はい、騎士団は合計で八つあります。クローディアさんがいるここは蒼玉騎士団と呼ばれる、ハクア団長……蒼騎士と呼ばれる白金騎士団に所属する騎士が率いています」
フィンの説明によるとこうらしい。
王直属の近衛騎士団を白金騎士団と呼び、そこに所属するのは五百人。
この白金騎士団に所属できるのは、全騎士の中から選ばれた者のみである。
そこからさらに選ばれた七人を七騎士と呼び、それぞれ金、銀、紅、蒼、翠、白、黒騎士と称号を国王から与えられる。
その七騎士が率いる王国の騎士団をそれぞれ金剛、玻璃、紅玉、蒼玉、翠玉、真珠、黒曜騎士団と呼ぶ。
この七騎士団が王国を守る要となる存在であり、王国の各地に赴任している。
「白騎士と黒騎士が率いる真珠・黒曜騎士団は王国各地を拠点としていますが、その他の騎士団は王都や王都近くに拠点を持っています」
「ここ、王都だったんですか??」
フィンの説明により、騎士団のことは大まかに理解出来た。
しかし、ギルドからこの詰所まで人や露店の多い道を通ってきてはいたが、まさか王都であったとは思わなかった。
「はい。"フローライト王族"が治めるルミッドガード王国の王都"アスガルド"です。そういえば、クローディアさんはこの世界にはどうやっていらっしゃったんですか?」
「それは……」
正直わからない、というのがクローディアの本音である。
死んだと思ったら目が開いて、暗闇の中の扉を開けたらこの世界に来ていた、というのが事実だ。
しかしそれではどうやってきた、という問いに対する答えにはならないだろう。
クローディアはつく必要のない嘘は言わず、分かることを正直に話すことにする。
「それが……よくわからないんです。気がついたらここに来てて」
これは本当だ。
本当によくわからないまま、この世界にやってきた。
(そういえば、変な声も聞こえた。もしかしたら、あれは幻聴だったのかもしれないけど)
扉が現れる前、聞き覚えのない無機質な声が『運命を手に入れろ』と言っていた。
その運命がなにかはわからないが、自分がこの世界に来たことと大きく関係しているのかもしれない。
クローディアが思案にふけっていると、応接間の扉がノックされた。
フィンが返事をすると、扉が開かれて、待ち人が現れた。
「団長、お疲れ様です」
入ってきたハクアは、フィンの言葉に小さく返事をし、クローディアの向かい側、フィンの隣のソファに腰掛けた。
ハクアの表情は、明らかに疲れている。
「団長の分もお茶、淹れてきますね」
フィンは、同情を含んだ微笑みを向けて、応接間を出ていく。
一方、クローディアはハクアと二人きりになったことで緊張を感じていた。
全く知らない相手ではないが、ハクアが別次元の美貌をもっているため、肩に力が入ってしまうのだ。
「その子」
「はい!!?」
突然ハクアが言葉を発したので、クローディアは大袈裟すぎるくらい驚いてしまった。
(恥ずかしい……)
「? その子、君の召喚獣?」
「あ、そうです、ソールと名付けました」
「へー……。変わった鳥だね」
「そう、ですね……?」
そんなに変わっているだろうか。
クローディアは、肩に乗るソールを見つめる。
確かに、びっくりするくらい細い鳥ではあるが、ソールは産まれたばかりの小鳥だろうし、こんな感じじゃないだろうか。
「うん。なんの能力を持つんだろう」
「能力……?」
「召喚獣や精霊はなにかしらの能力を持つ。鳥獣は視覚共有が主だって聞くけど」
「視覚共有……」
視覚共有というのは、ソールが飛んだ場合にその視界もクローディアが共有できて、空を飛ぶ気持ちになれることだろう。
それはそれでとても便利だと思うのは、クローディアがこの世界で育っていないからだろうか。
コンコンと扉がノックされ、フィンが入ってくる。
彼の手のお盆にはハクアの分のティーセットが載っている。
「お疲れ様でした、団長。私はこの後、通常業務に戻ればいいですか?」
この後、クローディアとハクアがするのはクローディアの今後の話だ。
フィンが同席する必要はないと考えての発言だったが、ハクアはそれを否定する。
「いや、フィンにも関係あるから、このまま座って」
「? わかりました」
フィンが着席するのを待ち、ハクアが話を始める。
「クローディアさんは冒険者になったから、これから生きるためにもクエストを受ける必要がある」
「はい」
「クエストの内容には少なからず、魔物や魔族と遭遇するものもある。その意味はわかる?」
「戦うことになる、ということですか」
「うん。どんな相手だろうと、戦いは命を懸けることになる」
戦うというのは、相手がこちらの命を狙っていることが多い。
それに応戦するということは、危険が必ず伴う。
「……」
「そこで彼女が命を落とすと、困るのがこの国」
「……え?」
この国が困るというのはどういうことだろうか。
「召喚士のことを説明した時、現代では世界でもクローディアさんを含めて七人しかいないってことは話したよね」
「はい」
召喚士について話された時、その希少さや弱さによって魔族との戦闘で召喚士は命を落とし、現在、召喚士は世界でクローディアを含めて七人しかいないことを聞いていた。
「実は、召喚士にしかできないことがある。それは、人族と精霊を繋げるという役目。精霊については?」
「自然エネルギーを司る力を持つ存在、ですよね?」
クローディアの精霊に対する認識は、前の世界での創作の中だけでのものだ。
「うん。けど、精霊の力を直接借りられるのは召喚士だけ。・・・・・・この世界は精霊と深く結びついている。人族と精霊を繋ぐ存在っていうのは凄く大切で守らなくてはならない」
「……」
それだけの価値があるからこそ、国が召喚士の保護をしてくれるということだ。
「簡潔に言う。召喚士を万が一にも死なせるわけにはいかない。だから、クローディアさんが自分の身を自分で守れるまで、騎士団から護衛を付けることになった」
「護衛、ですか」
その話はクローディアにとってありがたかった。
いくら召喚士という立場でライセンスを取得し、冒険者になったといえども、クローディアはこの世界のことが何もわからないのだ。
街で見たような、魔族といった危険な生物がいる世界で、いきなり一人で生きていくことは心細いを通り越して自殺行為であることは理解している。
「そこで、フィンがここに残った理由へ」
「はい、団長」
「これから彼女が、冒険者ランクBに上がるまで蒼騎士が護衛することになった」
「蒼……騎士?」
(蒼騎士って、たしか蒼玉騎士団の団長。つまり、ここの団ってことで……)
展開についていけないクローディアは、成り行きを見守ることしかできない。
「……ええ!? それじゃあ蒼玉騎士団はどうするんです。・・・・・・ってそういうことですか」
「うん、副団長が任務から帰ってくるまでフィンが動かして。重要そうなのは俺に持ってきていいから」
「わかりました、お任せ下さい。もしや、金騎士に呼ばれたのはその件ですか」
「うん」
「ですよね。団長が自分から申し出るとは思えませんし」
「……うん。だから、クローディアさん」
「っ、はい!」
「これからしばらく、俺と行動。よろしく」
「い、いいんですか、そんな」
クローディアとしてはハクアが護衛についてくれるのは大いに助かる。
だが、ハクアはこの騎士団の団長で、かなり必要な人物だろう。
「金騎士の命令だし……。それだけ召喚士は大切ってこと。フィン」
「はい」
「引継ぎいる?」
「いいえ。お任せください」
交わす言葉は最小限で済ますことができる信頼関係を、この二人はすでに作り上げていた。
「うん。……クローディアさん、これから俺たちはギルドのクエストを受けて、君の経験と力を上げていくことになる。俺がいるから危険な目には遭わせない、安心して」
「ありがとうございます」
ハクアには一度命を助けて貰ったため、彼の強さは知っているし、正直本当に心強い。
国にとってとかはよくわからないけれど、この二人に負担をかけてしまうことは心苦しい。
だが、その分努力して早く成長し、ハクアを元の業務に戻せるようにしなければ。
「じゃ、これからクローディアさんの住む部屋を案内する。手続きは済んでるから、行こ」
「あ、はい」
フィンが淹れてくれたお茶を一気にあおって、熱そうに顔をしかめつつも、ハクアは立ち上がって歩き出す。
クローディアもまた、残っていたお茶を飲みきり、立ち上がる。
フィンにお世話になった礼をし、部屋を出ていったハクアの後に続いた。
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