第5話 初めてのパートナーと白火の断罪ギルドマスター

 

 やがて、眩いばかりの光が収まり、円の中心にいる生物の姿が視認できるようになる。


「こ……とり……?」


 そこにいたのは小さな鳥だった。

 羽は満足に生え揃っておらず、爪楊枝のように細い足は今にも折れてしまいそうだ。

 しかし、黒ビードロのような鈍い光を持つ瞳はしっかりと開き、クローディアを見つめていた。


「えと……?」


 クローディアはこの後どうすればいいのかわからない。

 助けを求めるように、イマリに振り返ると、彼女は冷静に成すべきことを教えてくれる。


「クローディアさん、召喚獣に触れて“契約成る”と言って、呼び名を決めれば完了です」

「はい、わかりました」


 触れれば折れてしまうのではないか、そう心配してしまうほど弱々しい身体に、できるだけ優しく触れる。

 その間も、黒の瞳はクローディアをじっと見つめていた。

 この子に呼び名をつけてあげなければならない。

 クローディアは、小さな鳥を見た時に浮かんだ名をつけることにする。


「『契約成る』。よろしくお願いします、"ソール"」

「きゅぅ……」


 クローディアが名を呼ぶと、弱々しくだが返事をしてくれた。

 クローディアはソールを優しく持ち上げ、肩に乗せてみる。

 ソールは弱々しく見えるが、しっかりとクローディアの肩に掴まってくれた。

 これなら、このまま連れ歩いても落ちたりはしないだろう。

 クローディアとソールのやりとりを見ていたフィンとイマリが微笑みながらやってくる。


「おめでとうございます、クローディアさん」

「これで貴女は召喚士として冒険者登録が可能になりました。早速ですが、受付に戻って書類登録をしましょう」

「ありがとうございます、お願いします」


 三人はギルドの受付まで戻り、そこで書類を記入することになる。

 イマリから書類とペンを渡されて、記入事項を確認しようとした瞬間にクローディアは固まる。

 そう、ここでクローディアは、この世界の字が分からないということに改めて気がついたのだ。


(ぜ、全然読めない……。ってことは日本語で書いても意味わからないよね。言葉は分かるのに、どうしてなんだろう。・・・・・・あれ、でもさっきイマリさんから渡された誓言書は読めたけど)


 あの誓言書もこの世界の言語で書かれていたなら、クローディアに読めるわけがない。

 なのにクローディアには紙に書かれていた言葉が分かった。

 なんとも不思議なことである。

 それは一旦脇に置いておくことにし、突然固まったクローディアを不思議に思っている二人に字が書けないことを説明しなければならない。

 クローディアが二人にそのことを伝えると、フィンが代筆で記入してくれることになった。

 フィンはクローディアが異世界人であることを知っていたのに、自分が気がついて申し出れなくて申し訳ないとこっそり謝罪までしてきた。

 クローディアはそんなとんでもないと首を振り、改めて自分から代筆をお願いする。

 フィンはクローディアから快くペンを受け取り、クローディアに記入項目を聞いて記入してくれる。

 記入項目は名前、性別、年齢、職業だけで特別なことを記入することはない。


「クローディア、女、二十歳、召喚士……。はい、これで全て書けましたよ」

「ありがとうございます、フィンさん」


 フィンが書き終えた書類をイマリが受け取り、確認する。

 イマリは書類に不備がないことを確認してから、にっこりと微笑んだ。


「はい、これで冒険者登録が完了しました。ギルドについてはフィンさんから説明を受けたみたいなので、クローディアさんがなった冒険者と私のようなギルドメンバーについて簡単に説明しますね」

「はい」


 これからの自分の立場に関係することだから、聞いておくに越したことはないだろう。

 フィンに時間を取らせてしまうことは少し申し訳なく思うが。


「ギルドメンバーは、十二あるギルドの内、特定の一つに所属する冒険者を指します。メリットは特定の一つに所属することにより、そのギルドで優先的に良いクエストを割り当てられたり、仲間内でチームを組みやすいこと。また、依頼人やギルドの信頼を得ることにより、指名クエストというものを受けられるようになります。デメリットは他のギルドでクエストが受けにくいといったものですが、実はあまりデメリットになりません。というのも、ギルドごとにクエストの傾向があって、ギルドを選ぶ際に自分の得意とする傾向を持つところを選びます」


 イマリの説明からすると、特定のギルドに所属する=ギルドメンバーという認識でいいみたいだ。


「逆にクローディアさんのような冒険者は一つのギルドに所属せず、ギルド連盟に所属する者のことを指します。十二のギルドのどこでも自由にクエストを受けることができます。好きなギルドで好きな時にクエストが受けられるので、自由度が高いです。ただ、ギルド連盟に所属しているとはいえ、あくまでも個人での活動がメインとなりますので、仲間を作ることが難しい、効率よく稼ぐことが難しいといったデメリットもあります」


 冒険者はギルド連盟に所属し、ギルドメンバーはギルドに直接所属する冒険者。

 どちらもデメリットがあってメリットがあるのは、当然といえば当然である。


「騎士のように冒険者登録をしていても、すでに特定の組織に所属している場合はギルド連盟に所属が多いです。ギルドメンバーになると、月に一回はクエストを受けなくてはならなくなりますからね」

「ギルドメンバーは月に一回クエストを受けなければならないんですか?」

「そうです。やむを得ない場合以外は月に一回必ずクエストを受注してもらう規則があります。なので、騎士や自営業の方はギルドメンバーになりません」


 ライセンスは身分証として重宝するから取得するだけの方が多いんですよ、と説明を一緒に聞いていたフィンが補足してくれる。


(なるほど、戦う力さえあれば身分を証明するものがもらえるなら、率先して取得していてもおかしくない、か)


 どうやら、ギルドや冒険者はかなり自由度の高い仕事らしい。

 ただしその分、高額のものはそれ相応の難度があるということだ。


「わかりました、色々とありがとうございましたイマリさん」


 今、ギルドでやれることはもうないだろう。

 クローディアはイマリに深々と礼をする。


「いえ、これが私の仕事ですから。クローディアさん、貴女の活躍を楽しみにしています。……またなにか困ったことがあったらいつでも来てください」


 イマリもまた、クローディアとフィンに深々と礼をし、微笑んだ。

 

「ありがとうございます」


 クローディアとフィンが、イマリと別れてギルドの入口まで向かおうとすると、聞き覚えのある声がした。


「イマリ、今日も受付仕事ご苦労さん」

「お疲れ様です」


 赤みがかった黒髪の麗人がイマリへと歩み寄って来る。

 クローディアはその人を知っていた。

 彼は最初、魔族に襲われた時に助けてくれた人だ。


(名前は確か、シノノメだったかな)


 彼とはバタバタしていて、結局お互いによくわからないまま別れてしまった。

 イマリがきちんと挨拶をしているところを見る限り、ギルドの関係者だろうか。

 フィンも立ち止まっているし、知っている人みたいだ。

 クローディアが彼のことをじっと見ていると、シノノメはこちらに気がついた。

 彼は微笑みを浮かべ、クローディアの近くにやって来る。


「お前は……さっきハクアに引っ張られていった子だっけか。ここにいるってことは冒険者になったんだな。名前……今度は聞かせてくれるか?」


 そういえば、名前を名乗る前に魔族に襲われてしまったため、彼はクローディアの名を知らなかった。


「そうでした。クローディアといいます」


 未だにこの名を名乗るのは慣れないが、これから慣れていくしかないだろう、とクローディアは密かに息をつく。

 クローディアの溜息はいざ知らず、シノノメは微笑む。


「クローディアか、いい響きの名前だな」

「ありがとうございます……?」


 名前を褒められた、ということでいいのだろうが、クローディアにとってこの名前にはまだ馴染みのないものなので、実感はないがとりあえずお礼を言っておいた。


「彼女は召喚士ですよ」


 シノノメと一緒にクローディアの元へとやって来たイマリが補足してくれる。


「召喚士? へー、初めて見た」


 シノノメは物珍しそうにクローディアを観察し始める。

 クローディアは人にじろじろと見られるのに慣れていないので、思わず後ずさる。


「マスター、クローディアさんをじろじろ見ないでください。盛るのもほどほどに」

「俺を発情期の猫みたいに言うな」

「同じようなものです」


 イマリが注意してくれたおかげで、シノノメの視線から外れることになってホッとするクローディア。

 それにしても、イマリが彼のことをマスターと呼んでいるということは。


「シノノメさんって、マスターなんですか?」

「ん? あぁ、イマリの上司だな」

「"白火の断罪ギルドマスター"シノノメです、見た目と喋り方に騙されないように気をつけてください」


 ギルドマスターということは、このギルドで一番偉い人らしい。

 しかし、その一番偉い人は部下にソフトに貶されて少し悲しそうにしている。


「酷くないか、イマリ……」

「事実です」


 イマリが言うには、どうやらシノノメは何か危険な人物らしい。

 まぁ、こんなに綺麗な人に自分から近づこうといった気持ちは抱かないが。


「えっと。シノノメさん、先ほどは魔族から助けていただき、ありがとうございました」


 彼には助けて貰ったお礼をきちんと言っていなかったため、クローディアはぺこりと頭を下げてお礼を言った。


「あぁ、気にするな。危険に晒された女性を助けるのは当然だ」


 シノノメは綺麗に微笑んで、それからなぜかクローディアの手を取った。

 手を取られたクローディアはぎょっとして、体がこわばってしまう。


「シノノメ殿、クローディアさんが驚かれているので即刻手をお放し下さい」

「あー、お前はハクアのところの……フィンだったっけか?」

「はい、そうです。クローディアさんの案内役として団長に一任されています」

「……なるほど。驚かせるつもりはなかった、ごめんなクローディア」

「いえ……」


 あっさりとシノノメは手を放してくれ、しかも謝罪までした。

 手を取ったこと自体は謝罪するほどのことではないと思うので、少し申し訳ないとクローディアは思った。


「それはそうと、お前ら俺のことを変に誤解してないか? 俺をなんだと思ってるんだ」

「「色魔」」


 フィンとイマリが声を揃えて同じ単語を言った。

 色魔とは一体どういうことなのだろうか。

 クローディアはほとんど無意識にシノノメから少し距離を取った。


「色魔って……おい」


 さすがのシノノメも、二人の言い分に思うところがあるのか、怒りを含んだ声色になっている。

 クローディアも、シノノメは少し距離が近い人な気がするが、さすがにそこまで言われるような人には見えないと思っていた。

 ・・・・・・のだが、続く彼の言葉によってその考えも霧散する。


「俺は一度も強要したことはない、合意の上だ」


 真顔で堂々と言い張ったシノノメに、その場の三人は呆れた表情を浮かべる。

 なんとも言えない空気になってしまったが、ここで最初に気を取り直したのはフィンだった。


「……クローディアさん、用事も済んだことですし、一旦詰め所まで戻りましょう。これからのことを決めなくてはいけませんし」

「あ、そうですね。では、イマリさんお世話になりました」

「いえ、お気になさらず」


 クローディアはイマリに再度の礼を言い、フィンと共にギルドを後にする。

 イマリも二人を見送った後、自分の持ち場に戻って仕事を再開した。

 皆にスルーされたシノノメは、一人悲しくその場に立ったままだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る